2012-03-28

せめぎ合い


現在稼働中の原発が1基だけとなり、いよいよ原発再開の是非を問う議論が盛んになって来た。政府の本音は『一刻も早い原発再開』であるので、もちろんストレステストなんて文字通りストレスフリーで押し通してしまうつもりだし、安全性の話なんか原発事故以前と同様まず第一は何が何でも原発再稼働であるので真剣に考えてなんかいない。電気業界や経済界は収益率が何よりも大事なのでタラレバ論で原発を止め、競争力や利益が損なわれることを最も恐れ、放射能が再びまき散らされることなんて『たぶんもう大丈夫だろう』程度にしか考えていないはずだ。そして彼らが主体となって行っている『このままじゃ電気が足りなくなる』類いの脅し文句のような言い回しは、まったく腹立たしくて反吐が出る。これらは完全なプロパガンダで、原発再開という事実を作り上げたい輩の言い分でしかない。

僕は福島の事故があろうが無かろうがずっと昔から原発反対だ。よもや原発が爆発するとは皆と同じく思っていなかったが、天変地異からの安全性以前に、核汚染廃棄物の処理の方法や場所さえも決まっていない中での原発稼働は、必ず子供達の世代へ『ツケ』を回すことになり未来に対する裏切り行為そのものだ。原発推進派からお金をもらっている専門家は言う『安全だ』と。しかし福島のような事故が起こらなくとも原発が稼働する以上核汚染物質は増え続けるし、それを無害化する手段も無い。その核心を国民から覆い隠し原発再稼働の既成事実化を目指す動きは到底受け入れ難い。政府が言う『政治判断』が原発の停止もしくは放棄ならば、この国も新たな未来に向けての第一歩を踏み出せるだろうが、原発の再稼働であれば僕が期待するような未来が訪れることは無いだろう。

電気が足りないなら作れば良い。再生可能エネルギーでは不安定と言うならそれに代わるものを見つけ出さなければならない。我々にはそれが出来る。僕はそう信じている。

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