2007-12-31

いま思うこと


大晦日にあたり今年1年を振り返ってみれば、家族みな息災でありがたい年であったと言える。初夏には7年親しんだアパートからこの家に越し、住環境としては激変した1年でもあった。常々あまりモノを持ちたくないなどと思っているくせに年々モノは増え続け、減ることは無い。モノを持てば畢竟守りに入ってしまうのが人間で、その重みとしがらみにより身動きが取れなくなってしまう。もう手遅れかも知れないがそれは何とか避けたいと思い、狭間のギリギリのラインをどうにかして見つけ出し、作り出し、綱渡りをしてでも調整し、動ける余地を残したいが果たしてそれは叶うのだろうか?僕がここでこうしている間にも『時』は怒濤の勢いで流れ、僕の思惑や希望などサッと無視して僕をさらってゆく。
もうすぐ新しい1年が始まり、また新たな展開が待っていることだろう。さて、どんな1年になるか・・不安などは無い。常に希望を持ち、愚痴を言いつつも自分を諦めない。

2007-12-30

雪風


凄まじい風だ。台風接近時とほぼ同等の風がうなりを上げて吹き荒れている。この風に押し出されるかたちで雪雲が山々の峰を越え、平野部へと下って来る。この様子だと明日の初雪は間違いなさそうな気配だが、よりによってこの時期に寒波が襲って来るとはタイミングが悪い。もし明日10センチの積雪でもあれば周辺の道路の混乱ぶりは容易に想像でき、事故も多発し出かけるどころの騒ぎではないだろうな・・かと言って買物には出ないかんし、どっさり積もらないことを祈るだけだ。
雪が降る前というのは不思議なもので風は『びゅうびゅう』と吹いてはいるものの、どこか『しん・・』とした静けさが感じられて、空気が張りつめているのがよく分かる。その不気味な静けさが深いほど降る雪の量も多くなるようだ。

2007-12-29

妻子帰国


子供達が帰宅してから部屋が元の状態に戻るのに、ほんの数秒しかかからなかった。
それまでの静寂や虚ろさは嘘のように吹き飛び、いろんな物が飛び交いぶつかり合って、再び何か巨大なものが動き出したかのような感じだ。そうなったら、ぼーっとしていることなぞ許されず常に一歩先のことを強要される。そこにはもはや僕の思惑など存在せず、すべては受動的かつ能動的に、時には衝動的に動いてゆく。
ああ、寝たはずの上の子が起きて来てしまった・・寂しいのだろう。しばらく相手をしてあげよう。

2007-12-28

ど忘れ


明日、妻と子供達が帰国する。僕はいつものように空港まで迎えに行くのだが『待てよ、何時やったかな?』とメールをチェックする。が、妻が送って来ているはずのフライトスケジュールが送られて来ていない・・そういえば『カレンダーに書いといた』と言っていたよな・・とカレンダーを見ると『29日帰国』とだけしか書いてないやんか!いったい何時に飛んでくんねん?そこら辺にメモ書きでも残されてないだろうかと探してみるも見当たらず、しょうがないので妻のお袋さんに『知ってます?』とメールを書くような始末。飛行機はノースウェストであること、途中成田を経由することだけは知っていたので、そこからスケジュールを検索すると何本もフライトはあるがいずれも成田以後は一本のフライトに集約されているようで、その便の到着時間が19:45分。おそらくそれに間違いないだろう・・ということでその便を目標に空港を目指す。
こういったことは日常茶飯事でよくあることだが、その度に振り回される身にとってみれば『ええかげんにせいよ!』と言いたくもなるが、本人は全く動じず、気にせず、反省もせずで、言っても聞かないので言わないことにした。思い出せば10年前にもネパールのカトマンズの空港でいつ着くか分からぬ妻を迎えに1週間も毎日空港に通い、客引きのネパーリ達に馬鹿にされていたよな。ううむ、その頃に気づくべきだったのか・・?まあ、出迎えられた妻は喜んでいたがな。
いま妻から返信があった。まだ出てなかったようだ。フライトスケジュールと共に僕が書いたメールのFlightのスペルが間違っていたとあった。厳しー!

2007-12-27

予測


『こうしたらどうなるか?』という予測は日々の生活の中でもよくあることだが、その予測が全く立たない、もしくはいくら考えても分からない、という機会に出くわすことも多々あるものだ。そういう時僕は考えるのが面倒くさくなって『ええい、ままよ!当たって砕けろだ!』と半ば投げやりになって実際に砕けてしまうことがしばしばある。こればかりは何度痛い目に遭おうが、性懲りも無く繰り返している。そういう性分だと言ってしまえばそれまでだが、そうやって痛い目に遭わないと解らないのだから仕方が無い。解ったときには既に遅かった・・なんてこともよくあるがな・・
昔は弟とよく将棋をしたものだが、先を読むことが苦手な僕はいつも負けてばかりいた。できないわけじゃないと分かっているが、結果的にそうしないのならやらないと同じことだ。その時感じた先を読むことへの焦れったさは今でも持っている。ただ、先が読めたとしてそれがそのまま起こるとは限らないし、かえってなんのヴィジョンも持っていない方が上手く行く時もあるのさ、と言うことにしてこれからも砕けて行くさね。

2007-12-26

がらんどう


夜遅く家に帰り、玄関の鍵を開ける。そこにはがらんと広がった闇があるだけで物音一つせず温かみも無い。あるのは見慣れた空間と乱雑に置かれたモノ達のみで、そこだけは時間が止まったように何も変わらない。
外で待っていた猫をまず家に入れ、Jackieの散歩に出かける。近所の家からは温かそうなオレンジ色の光が漏れ、子供達のはしゃぐ声が聞こえて来る。『お風呂にでも入っているのだろうか?』
田んぼを挟んだ向こうの家からは子供の泣き声と母親だろうか?叱りつけている声が聞こえて来る。
シアトルにいる子供達はどうしているだろうか?
僕はひとり家に居て、空間を持て余し、その闇に溶け込むのを恐れる。
散歩からの帰り道、物寂し気な我が家を見た時、家の影がより一層濃くなったような気がした・・

2007-12-25

ニライカナイ


二十歳の頃、写真を撮ることに行き詰まりこの言葉に飛びついた。
ニライカナイ・・そんな理想郷があるなどとは信じていなかった。でも、何かが僕の中で動き始めていた。
理由なんてどうでも良かった。思い立ったらすぐに実行しないと気が済まない性分で、僅かな荷物を持って沖縄行きのフェリーに乗ったのは学校卒業の2日後だった。
とにかく南を目指す!との思いで途中寄り道もほとんどせず波照間島にたどり着き、最南端の岬に立ってみた。当然理想郷などはなく、一面の大海原が広がっているだけだった・・
日も暮れるというのに何もない岬に呆然と立っている僕に、たまたま通りかかった民宿のヘルパーさんが声を掛けてくれた。その日から僕の1年近くに及ぶ波照間島での生活が始まったのだ。その生活は今思うと奇跡的なほどに充実し、全身の毛細血管の隅々にまで血が勢いよく回っているのを実感できるほどだった。
ニライカナイは無かった。
しかし、それを目指した僕には違う世界が開け、多くの人と出会うことができた。
そうか、ニライカナイとはそういうことなのかも知れないな・・
遠い南の海の彼方に僕が追い求めたものは、実は自分の心の中にあったのだ。

2007-12-24

ひとりぼっちのクリスマスイブ


妻子がここにいなければクリスマスと言ったってどうこうするわけでもなく、特別な感慨も無い。
今日は朝から先週下準備をしておいた部材の組み立てに掛かる。ドリルで下穴を開け、コーススレッドをインパクトでねじ込んでゆく。持ち前のずぼらさを最大限生かして、てきとーに組み付けてゆくとあっという間に出来上がってしまった。そりゃーただの木の枠だから簡単だわな。
その枠に砂を入れれば立派な砂場となる予定だが、さて砂をどうするか?近くのホームセンターでは立方メートル単位で砂などを買う客に対してありがたいことにトラックを貸してくれる。軽トラ、1t、2t、と大抵のものが運べる体制だ。僕は0.5立方メートル分だけ欲しかったが、重量が分からぬので2tを借りることに。『大盛りにしといたるでー』という気前の良いお兄さんにどっさり積み込んでもらい、いざ出発。3960円なり。トラックの無料貸し出し時間は1時間半なので急いで作業に取りかかるが、トラックから一輪車に直接積み込めないので一度箕に盛って、それを10mほど運びそこから一輪車で運ぶというなんとも不効率な工程を繰り返すこと1時間強。何とか制限時間内で作業を終えることができた。砂の量は大盛りだったので0.8立方メートルほどもあったと思う。その量から重量を割り出すと、たまげたことに2トンもあったとさ!それを1人で短時間で運びきったのだからオレってスゴいのか、バカなのか?確かに修行のつもりでがむしゃらに運んでやったがな・・
僕が作った枠に収まりきらず、てんこもり状態の砂場はなんとか完成した。
あとはここで近所の子供達も集まって、わいわい遊んでくれれば言うことはない。
これが、子供達へのクリスマスプレゼントだ。

2007-12-23

南風


昨夜からの雨も朝には上がり、この季節としては暖かい朝を迎えた。
友人と遅い朝食を囲みながら旅行の話などをするうちに早くも陽は傾き始め、山の峰に茜がさし始めた。
おいとまを乞い、岬に向かって車を走らせる。
『久しぶりの海だ、ちょっと歩いてみるか』と、波しぶきが強風にあおられ霧状に寄せて来る中を散策する。唇をなめるとほんのり塩の味がした。
海からなだらかにせり上がった背後の山を見上げると、常緑樹の森の上を南風がサアーッと駆け登って行った。
いつかどこかで味わった風だ・・
もう一度訪れねばならないことは分かっている。そこにいる自分を見るために・・

2007-12-22

冬至


友人宅を一年ぶりに訪問し鍋をつつく。
次々と話題を変えてはお互い言いたいことを言い、大いに談笑し、考え込み、時の流れに思いを馳せる。
あれからもう10年が経ってしまった・・
すべてのモノはかたちを変え通り過ぎてゆく。
自分達もまた、さまざまに変化し去りゆかねばならない。
自分には一体何が残せるだろうか?と思うことがある。
何かを残したとしてそれがどうした?とも思う。
二十歳の頃は何も残さずに逝くのだ!と思っていたさ。
ここでも変化しているのだ。
自分は自分を否定し、肯定し、突き放し、受け入れる。
そしていつか自分を解放したい。

2007-12-21

おもちゃ売り場にて


仕事からの帰り道、買物をしようと立ち寄った巨大ショッピングモールには22時の閉店まぢかにも関わらず予想以上の車が止まっていて、『ああ、自分と同じような人はたくさんいるんだな・・』と思いながらおもちゃ売り場の前を通りかかると、こんな時間でもまだ何人もの子供達が店内設置型のゲーム機に夢中になったり、おもちゃを物色したり、走り回ったりしてるじゃないか!親達の姿が近辺に見えないところからもこの子達をおもちゃ売り場に引きつけておいて、さっさと用を済まそうとする魂胆が見え見えだ。それも一つの方法だがまだ3歳ほどの幼児がテレビゲーム機の前で放心した状態で立っているのを見ると、人様の家庭のことながらこれはどうだろう?と思えて来る。本来なら寝ているべき時間でもあるはずで良くはないと思うが、それぞれの事情もあることだろうしただ一点だけを見て判断するのもフェアじゃないと思う。親達の生活のリズムが遅くなれば当然子供達もそれに同調するはずで、自分のように仕事のためにリズムを狂わされている者にはその時間帯しか子供と会えないというケースになることも多い。子供達もそれを待ち構えていて元気を取り戻す、なのでもう遅いからなんて言っちゃおられない。尻に火がついた子供達をいかになだめるか?いかに眠りに誘うか?そこが勝負どころだな。

2007-12-20

キラキラひかる


Jackieの散歩は朝は6時過ぎ、夜は10時過ぎに行っているので今の季節どちらも暗闇の中だ。それでも朝は明けの明星、夜はきらめく星々が見上げるこちらを楽しませてくれる。ウチの近所は街灯やネオンサインが多く、漆黒の闇とは程遠い明るい環境だがそれでも主立った星達を見ることができるし、そのきらめきもじっと目を凝らしていれば感じることができる。よく見ると星達はみなが違った色の光を放ち、赤く、淡く、青く、白く、その時々で多様に変化し色を変え、きらめいているように見える。その光は一体いつ発せられたものだろうか?何百、何万光年彼方の星の光なれば、いま自分が見ている星のきらめきはひょっとするとその星の最後の輝きだったのかも知れない。星の光はこんなにも輝いて見えるのにその光源である星そのものがもはや存在しない可能性があるなんて・・子供の頃その話を聞いたとき信じがたい思いがした。今でも理屈では理解できるが、きらめく星を見上げるとやはり不思議な気がして信じにくいのだ。
家から強力な懐中電灯を持ち出し、星に向かってカチカチと点灯を繰り返していた頃が懐かしい。そのとき僕が送った弱い弱い光はどこかの星に届いたのだろうか?

2007-12-19

ウイルス


とうとう現場からインフルエンザ感染者が出た。その人はここひと月ばかりの間ずっと風邪気味でマスクをした状態が続いていたのだが、昨日になって体調が悪化し医者にかかったらインフルエンザと診断されたそうだ。胃腸風邪をこじらせて身体が弱ったところにインフルエンザウイルスに侵入され、まさに踏んだり蹴ったり。小さいお子さんもいるので早期の回復を願うばかりだ。彼のインフルエンザ感染が確認されたので現場事務所内では一気に不安感が高まり、風邪を引いている者はもしやインフルエンザでは?と訝ったり、体調がすぐれない者も潜伏期間ではあるまいか?と思ったりと、それぞれがそれぞれの点で身近に漂うウイルスに怯え、今更ながら防御態勢に入るのだった。時既に遅しという感が強いがな・・
さてはて、このウイルスに現場内で何人がやられるだろうか?自分を含め予防接種を済ませた者は僅かしかいないし、予防接種をしたからと言って罹らぬわけでもない。せいぜい体力だけは落とさないようにして、この忙しき年末に倒れぬよう心掛けるとするか。

2007-12-18

やわらか頭


カリフォルニアに住んでいる妻の弟の奥さんはルーマニア人だ。そして2歳になる息子さんがいる。この弟さん家族もクリスマスを実家で過ごすためにコネチカットに滞在中で、みんなでわいわいがやがやと楽しくやっているようだ。向こうは寒波の影響で雪が降ったようで−10℃の寒さの中、雪だるまを作ったりそりで坂を滑り降りたりと子供達は大はしゃぎだと言う。上の子は2歳の従兄弟と大の仲良しで何をするにも一緒にやっている。あるとき上の子が妻に対して何か言ったのだが聞きとれず、再度聞いても分からない。これは自分で言葉を作ってしゃべっているのだな・・と思っていたら、弟の奥さんが来て『あら、ルーマニア語をしゃべっている!』と驚いたそうだ。ううむ、子供の脳のなんと吸収力の良いことか。従兄弟のエリックは英語とルーマニア語で育てられているのでどちらも2歳なりに話すことができる。それを上の子がそのままコピーしたのだろう。電話で話していても英語はアメリカンイングリッシュそのものの発音になっていて、質問すると『Yeah!』などといっちょまえの受け答えをするわりに、日本語で聞くと一瞬間があってしどろもどろで答えている。さすがのやわらか頭でもギアの切り替えには暫しの間がいるようだ。
これくらいの歳の子には〜語などという観念など無いのかも知れない。要するに自分の意思が通じればそれで良いわけで〜語である必要なぞまるで無いのだ。その点言葉に対しての思い込みや抵抗が無く、すんなり受け入れることができるのだろう。そんな脳みそに戻らんもんかいね?

2007-12-17

疾走


朝晩ようやく冬らしい寒さになって来た。と言ってもまだこの辺り氷点下まで下がることもなく冷え込んでも概ね2℃前後、確かに布団から出るのは辛く思わず2度寝をしてしまうが、寝坊することなくちゃんとJackieを散歩に連れて行っている。朝は大体6時過ぎ頃に散歩に出るので辺りはまだ暗く、新聞配達のバイクが忙しなく行き交っている程度。他に散歩している人もあまり見かけず、鳥のさえずりを聞きながら朝焼けを拝むという至福の時間。日常であっても散歩してなければ味わえないもの。そりゃー布団の中でぬくぬくしていたいさ。それもいいが、外もいい。身震いしながら外に出て、弾けるように喜ぶJackieを連れてまずダッシュ!こんなこと歳とってからやったら一発でアキレス腱切るやろな・・と思いつつ100m程を走り抜け、ゼーゼーと息を切らせながら朝の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んで目を覚ます。あとは朝焼けにうっすらと染まる霊峰を眺めながらだらだらとJackieの後に続き、最後の直線でまたダッシュ!今度はほぼ全力疾走でJackieに負けるものか!と走る走る。家に着くと足はプルプルしているが全身に血が回り気分爽快。思えば学生の頃は毎朝こんな風に走ってばかりおったわな。近年は走る機会なぞ全くなく、子供と遊んでいるときに少し走るくらい。それじゃーいざというときに逃げることさえ叶わんな。
あなたが最後に走ったのはいつですか?

2007-12-16

ある週末


子供達がいない今がチャンス!とばかりにチャイルドシートの洗濯をする・・。なんか、妻子がいない時こそしたいことがありそうなものだが、1人でどこかへ行ってもつまらないし何よりも『やって欲しいことリスト』の脅迫感に捕われて洗濯したり、家の配線いじってみたり、砂場を作ってあげようとホームセンターに入り浸ってみたり、車のオイル交換に行ってみたりと、行動範囲はめっちゃ狭いが全く寛ぐ間もなく忙しなく、あれやこれやと手をつけてみては違う方向に脱線し、買物に行っても肝心要のものを買い忘れ、再度行ってまた忘れ、ええい来週末や!とメモ書きしようとして思い出せず、買って来た延長コードは寸足らず、ダイソーで要らんものをしこたま買って自分自身を理解できず、そんなこんなのちぐはぐな週末を洗濯たたみながら振り返っている自分は一体何なんだろう?

2007-12-15

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アメリカで立て続けに起きていた無差別発砲事件が、今回の佐世保での事件にどれほどの影響を与えたかは知る由もない。ただ、あるイメージを自殺した容疑者に植え付けていたのは間違いないだろう。狩猟をしないのに猟銃を3丁も持っていたということは、それほど以前から何か秘めたるものがあったということなのか?その引き金をたまたま何かの拍子に引いてしまったということなのか?いずれにしてもいきなり発砲され命を失われた人や大切な家族を奪われた人たち、傷を負った子供達はたった1人の身勝手な者のために人生を大きく狂わされてしまった。そこにはコロンバイン事件のようなイメージだけが先行し、現実を見つめることができなかった者の無惨な屍だけが横たわっている。こんな事件の報道を見るたびにやり切れなさだけがつのる。『なぜ、真っ先に自分を撃たなかったのだ!』と・・。そこまで気がまわるようなら人を撃ったりはしないだろうがな。
容疑者が自殺したのが地元の教会の敷地だったのが気にかかる。ここで彼と母親は洗礼を受け、彼が来ることはなかったそうだが母親は毎週ミサに参加していたという。とんでもないことをしでかした彼が最後にここに来て、自分の命を断ったということは彼自身救いを求めていたということなのか?自殺を禁じる教会で敢えて自殺することで何かを訴えようとしたのか?
また一つ永遠に解かれぬ心の闇だけが残されてしまった。

2007-12-14

灯油か電気か?


子供たちが生まれてからの冬の暖房は安全を最優先してエアコンだけを使用している。石油ストーブやファンヒーターもあったが邪魔になるだけなので実家にあげてしまった。上の子が生まれた3年前はまだ灯油もそれほど高くなく、エアコンをかけている方が灯油代に比べ割高になっていたと思う。ところが最近の原油高で灯油代も高騰し、ウチの使い方なら電気に頼った方が確実に安く上がるようになっている。個人的には石油ストーブにやかんを載せてシューシューさせている方が冬らしくて好きなのだが、石油ストーブに慣れていない妻は、臭いし換気もせなあかんしでまったくもって不効率である!と決定し、それ以降使う機会を失ってしまった。子供のこともあったからちょうど良いタイミングではあったが・・。エアコンをかけていると空気が乾燥して加湿器が欲しくなると聞いているが、今のところ大丈夫のようだ。ウチは築35年の古い木造住宅なのでリフォームされて中はきれいになっているとはいえ隙間も多く、気密性はそんなに高くない。加えてエアコン使用中は料理をしている時と重なるため、適度に加湿されて乾燥していると感じることはほとんど無い。
電気ばかりに頼る気は毛頭ないが灯油から電気への移行も時代の流れの一つだと感じる。この先原油の値下がりは到底望めないし、石油ストーブ自体が徐々に姿を消してゆくことになるのでは?と好き勝手に想像している。

2007-12-13

国とは?


もともと国などちっとも信じておらず普段は距離を置いているとさえ思っているのに、いざ何かあったときは『なぜ国は何もせんのだ!』と怒りを爆発させる我がままな国民とはまさに僕のことだ。ただし、税金を納め義務を果たしている以上それは当然の権利であって、まだまだ大人しいくらいだと思っている。最近は国(正しくは政府だな)の信頼を損なうことが立て続けに起きているが、それらの多くは何十年も前からの問題がなおざりにされて来た結果であって、昨今のものではない。とすると、そんなに長きに渡って我々はないがしろにされていたわけだ。その間増税などと言ったいろいろな義務がしっかりとした話し合いをされることもなくなし崩し的に採択され施行されて来た。それでも国民は国を信じようとしている。国が自分を見捨てることなんてしないはずだ・・と信じて。その心を国は嗅ぎ付け、巧みに利用し操作している。
いったい国とはなんだ?

2007-12-12

そんなこと言ったかな〜?


国民年金の照合作業が行き詰まることなど十分予想できたことだ。参院戦前に晋三君が『やり遂げます!』と喚いていたことも票稼ぎのためのパフォーマンスだと多くの人が気づいていたはずだ。今回のことはそれが裏付けられたということ。ただそれだけの筈だ。それを『舛添君の責任である!』『辞任せよ!』と一方的に責め立てるのはちと気の毒なような気がする。彼のがんばりをある程度汲んでやらねばとも思う。ただ昨日の会見で『そのようなことを言ったことはない』てな逃げ口上を述べたのは失敗だったね。まんまと揚げ足取りを狙っている野党の連中のいい餌食となってしまった。それに比べたら福田君のように好々爺然として『そんなこと言ったかな〜?』なんてこっちが意表をつかれるようなとぼけた反応を見せていた方がライバルらも警戒してつけ込まれるようなこともなかったのでは?と思うのだ。まあ、そんな政治的駆け引きなぞとどのつまりはどうでも良い。皆同じ穴の狢なれば、やれることは同じだしやることも同じだ。同じならばお互い足の引っ張り合いなぞしとらずに皆のために働けよ。

2007-12-11

夢と希望


いつから夢や希望という言葉を大げさなことだな・・と感じるようになってしまったのか?
夢や希望をどこか冷めた目で見るようになっていないか?
いいや、夢や希望はあるさ!だがね・・と引いてしまう自分がそこにはいないか?
疲れてはいる、ストレスもあると思う。でも毎日はそれなりに楽しいし、たいして不満もない。ところがこの未来に対する漠然とした不安感は一体どこから来るのだ?
誰も僕を縛ってはいない。だが何とも言いようのない閉塞感はふと気を休めた時などに突然襲って来て、今の自分を不安定なものにする。
長らく続いた経済の低迷が社会全体の閉塞感を生んだと言う者がいた。じゃあ、実感は伴わないにしても景気が回復傾向にある今は閉塞感が消えただろうか?
否だ。
何がこの空気を生むのか?
どうすればこの霧は晴れるのか?
深き霧の中を彷徨うことがこの時代を生きる定めなのか?
霧が晴れたとき、見えるものは何だ?

2007-12-10

チェーンかスタッドレスか?


写真は昨年のもの、この辺りまだ雪がちらついてもいない。それどころか今日が初氷だったそうだ。そんな序盤は暖かい冬であっても近所に止まっている車は徐々にスタッドレスに履き替えつつあり、いつ雪が降って来てもいいように準備しているようだ。さて、僕はと言うとスタッドレスを履いたこともないし買う気もない。今までの冬はすべてチェーンで乗り切って来た。確かにスタッドレスは一度履いてしまえば冬中そのままなので楽だが、そうそう雪が降る地域でもないし年僅か数回の積雪のためだけに10万もするスタッドレスを買う気にはなれない。ならば1万ほどのチェーンさえ持っていれば十分耐えれると思っているし、ここ数年来はそうして来たのだ。雪降る中、朝早く起きてチェーンを履かせるのは面倒だが、なにこれも一つのイベントと思えば楽しいもの。しかも積雪が多い場合は何と言ってもチェーンに勝るものはない。雪があまり積もらない冬をスタッドレス履いて目減りさせるよりは面倒でもその時だけチェーンを履かせた方が燃費の面でも良いのに・・と、個人的には思うのだがな。
いくらチェーン論を展開しようがさすがにロードスターのチェーンを買うか買まいかは迷っている。FR車ゆえチェーン履いても滑るだろうし、そもそも積雪時に乗る車ではないからな・・まあ、そん時は休むとするさ。

2007-12-09

3種の神器?


ついに手に入れた!アパート住まいの頃より欲しかったが工具を使って何かを作るスペースもなく今まで我慢しておったのだ。ホームセンターに行ったらちょうど型落ちのものを安く販売していて少し逡巡したあげく購入。3種の神器と言ってもライトは要らなかったがこのセットで2万円、インパクトドライバー単品だけでも1万3千円するのでこれにドリルドライバー+ライト込みでこの値段なら型落ちと言えどもかなりお得だ。今のところこれらの道具を使って作らねばならんものは1つしかないが、安価に手に入る2×4を使っていろんな物にチャレンジしたいと思っている。ちょうどアメリカ滞在中の妻より電話があったのでそのことを伝え、ウッドデッキも作りたいな・・と言うと『今のあなたにそんな時間あるわけないじゃん!』となんとまあ、あっさりした答え。今に見てろ!と闘志を燃やしつつ頭の中では図面を引き始めているのだ。

2007-12-08

洗濯洗濯選択?


妻と子らが出立後始めての週末で、のんびりと行きたいところだがJackieは散歩に連れてけ!と哭くわ、掃除機をかけないかんわ、洗濯物は山のように溜まっているわでてんてこ舞い。それに加えて『やっておいて欲しいことリスト』なんてモノまであって週末と言えどもゆっくりくつろいどるような暇なんて全然ない。家の中のことだけでもたっぷりあるというのに庭でもやらなあかんことがぎょうさんあるのだ。風邪気味の身体ではだるくて仕事がはかどらないが、お天気は良く気持ちは焦りつつもちゃんとやるべきことはやっているのだという満足感はある。
さて、明日は何から片付けるとするか?まずは買物からだな。

2007-12-07

風邪をひきまして候


ついこの間風邪が治ったばかりというのにまたひいてしまった。おそらく下の子に移されたと思うが現場の事務所でも何人かがひいているのでそこからもらって来たのかも知れない。とにかく鬱陶しいことに変わりはないが幸い症状は軽いようで下痢や発熱はないようだ。この週末にたっぷりと寝ておけばおそらく治ってしまうだろう・・治って欲しいな。それにしてもこんなに簡単に風邪をひくようになったのはごく最近のことだ。大半は子供を経由してひいてしまうもので、こればかりは防ぎようがないと言える。鼻水ドロドロの手を容赦なく口に突っ込んで来るし、食卓ですべての料理が出揃ったところに盛大に『はっくしょん!』をぶちかます。もちろん手で口を押さえるのはその後だしね。そんなことをいちいち気にしとる余裕もないので移るもんなら移りゃーいいさ、と思ってはいるがいざひくと身体はだるく気は重い。母乳を与えている母体はさすがに免疫力が高くなっているためか不思議と風邪をひかないんだよな・・凄いもんだ。まあ、妻の場合英会話学校で何年も子供達を相手にして来たので、自然と免疫力が高まっていたのかもしれない。
まずはゆっくり休む。それにつきるな。

2007-12-06

迷い


様々なことに迷い、結局なんの答えも解決策も見いだせぬまま忙しさを理由にほったらかし、忘れたころに再びぶり返してはまた迷うというまったく滑稽な悪循環の中で生きているような気がする。このままではダメだと愚痴をこぼしつつも良い考えが浮かばず、また具体的な行動もせず、とどのつまりはなるようにしかならんさ!などと投げやりな自分を嘲ってみては満足しているていたらく。かつてあったであろう行動力は鳴りを潜め、今は自分でも驚くほどの頑丈な社会の歯車の一員となっている。『オレは違うのだぞ!』と心の中で思っていても一体どこが違うというのか?自分は今の自分を否定し、過去の自分を肯定しようとしていないか?
血は沸くことを忘れ、鼓動とともに規則正しく循環する・・
一定のリズムの中で生活することは心地良いことだ。だが、そのリズムを壊す欲求は常にある。壊さないと分からないものがそこにはある。が、壊してしまうともう元には戻れなくなってしまう可能性もそこにはあるのだ。

2007-12-05

夜空


妻子が旅立ったこともあり今日から現場の帰り道に実家に寄り、晩飯を食べさせてもらうことになった。遅く帰って一人でポソポソと食べとるよりはその方が助かるし、あーだのこーだのといろんなことを話しながら食べとる方が楽しくていい。Jackyを散歩に連れて行かなくてはならんので、実家は食べ逃げするかたちで早々に引き上げ帰宅するとすぐに散歩に出た。寒気の影響で寒さは厳しく、息を吐くと真っ白だ。その息の白さを目で追いながらふと空を見上げると、巨大なオリオンが東の地平線に膝をついていた。そうか、オリオンの季節だな・・と忙しき日常でそんなことさえすっかり忘れていた自分に驚く。散歩をせず帰宅して家に籠っていたら何も気づかずに季節は移ろっていっただろう。散歩はふと足を止め、ゆっくりと周りを見回す良い機会になっている。

2007-12-04

離日


妻と子らが義母と一緒にアメリカへ向け飛び立っていった。東海岸と西海岸を周遊し年末に帰国する予定だ。ニューヨークから車で2時間ほどの妻の実家周辺では昼間の気温もすでに0℃ほどしかなく、冷え込みが厳しいそうだ。どうやらカナダから寒波が南下しているらしい。それに伴って持参する服の量も増え、家を出るときには大小のスーツケースがはち切れんばかりになっており、『これでクリスマスプレゼントやらを持って帰れるのか?』との僕の問いにも『スペアバッグあるから大丈夫!』とアメリカ人らしく減らそうという考えは持ち合わせてないようだ。子供が一人増えればそれだけ着るものが嵩むわけで、とりわけ着替えが多く必要な幼児がいれば服だけで荷物いっぱいになってしまうのも必然ではあるな。しかし、妻もよくやるものだ。自分1人だけでこれだけの荷物と幼児2人を連れて果たして16時間にも及ぶ空旅をやり遂げることができるだろうか?僕には無理だろな・・考えるだけでもゾッとする。そういうことをくぐり抜けて母は強くなっていくということか。

2007-12-03

区別と差別


人は何かと線を引きたがる。本来何も無き所に線は引かれ、それぞれの都合の良いように解釈され、利用されている。人々はその線を境として自分と人とを区別し、差別し、あたかもその線がもともとそこにあったかのように、そこにあるのが当然であるかのように振る舞っている者らもある。そこに線など見えはしないのにだ・・。
鳥の目は何を見ているのだろうか?頭上を横切る鳥達を見上げながらよくそんなことを考える。自然界の連鎖はさておき、鳥はいいな・・と思う。煩わしい入国審査もビザも要らず、入国拒否をされることも無い。意のままに空を羽ばたき、神々の峰を凌駕し、大海の孤島を目指すこともできる。
地上の線はそれで越えることができるが、心にできた見えぬ線を越えるにはどうしたら良いのだろうか?いったい心のどの辺りにその線は刻み込まれてしまったのか?
疑うことは易いのに、信じることはどうしてこう難しいのか・・

2007-12-02

春に向けて


ようやく紅葉が見頃となったばかりで春の話も無いもんだが、実はもう遅いくらいなのだ、と言うのは畑の話。秋は芝張りに掛かり切りだったため菜園予定地を耕すこともできず、ずっとほかってあったのだ。それが先日、家に帰ると妻がエンドウの苗を買って来たという。妻はスナックエンドウが好きなので衝動買いしたのだろうが、あとはよろしく!てな感じで結局耕作は僕の担当。そこで午後に堅くしまった庭の一角を耕し始めると、まあいろんな物が出て来る出て来る。ミミズなんてのは当たり前だが、来夏辺りに出てきそうな蝉の幼虫やら、コンクリートの破片やら割れたガラスやら、おそらく今の家以前にここにあったフェンスの基礎やらと中古住宅ならではの豊富な品揃えで掘っている者を呆れさせ、楽しませてくれる。およそ2m四方をちゃっと耕し、畝を造り苗の植え込みを完了した。後はネットを張ったりするだけだがそれは来週末に。
どれだけ実るかは予想もつかないがそれがまた良いのだな。さあ次ぎは工具を揃えて日曜大工三昧に突入だ!やるぞー

2007-12-01

恥知らずな者ども


日頃誰もがそれを見て思っていることだろうが、身障者スペースに車を止め恥も外聞も無く堂々と用を足す大馬鹿者がちと多過ぎやしないかい?たいがい止めてある車はそれらしき外見で、これまたそれらしき一族の者どもが衆目を恥じる様子も、悪びれる様子もまったく無く『こんな近くに車を止める場所があるのに使わぬ馬鹿があるものか』と言わんばかりに、いかにも尊大ぶっている。その考えの短絡さと自己中振りには呆れ果て『要するにコイツら何も考えとらんのやな』と、捨てて置けばよいものを未熟な自分は見るたびに腹を立てている。ジャスコなどの一部にはそんな一族を排除する目的で有料駐車場のような車を止めた後に車輪をロックするシステムを導入し、解除には身障者登録証の提示を求めているところもあるが、そこまでせなあかんのか?という寂しい思いと、それでは妊婦や僕もあったが骨折などで一時的に必要になった者が止めにくくなるといった弊害も出て来る。とどのつまりはそれぞれの心に頼るしかないのが現状で、その心が最も危うい昨今だからな・・