2009-02-28

250円のツケ


昨年11月に植えたブロッコリーが収穫期を迎え、立派ではないがスーパーに売っているものと同程度のものが収穫できている。次女はアレルギーがあり食べれないが、長女はこのブロッコリーが大好きで毎日かなりの量を平らげている。それならば初夏穫りのブロッコリーにも挑戦しようと苗を買いにファーマーズマーケットに行くと、ひと苗50円で売っていた。それを5本買おうと思いレジに行きリサイクルの小箱(通常苗を買うとこの箱に入れて渡してくれる)を先にもらえないかと尋ねると、対応したオッサンは『まず買物カゴに入れて持って来てもらわんといかんね。箱にいきなり入れると数をかぞえたり、もういちど入れ直したりするのが手間だからね』と言う。わけの分からんことを言うヤツだと思ったが、ここは素直に引き下がってレジのすぐ近くにある苗の所へ戻り、買物カゴはかなり離れた所にしか置いていなかったので5つの苗を抱えるようにレジまで持って行き、さっきのオッサンに『カゴは遠くにしかないので手で持って来た』と言うと、『カゴならここにありますよ』と、僕の立ち位置からは見えぬ場所を差して平然と言う。これにはブチ切れて『それなら何でさっきここにカゴがあると教えるなり、手渡すなりせんのや!』と詰問すると、『はあ〜、すみません』と口だけで謝る始末。そして僕が持って来た5つの苗を例の小箱にポソポソと入れてお勘定。あまりのアホらしさに『箱に入れると数えるのが大変やね』と嫌味を言ってやると、苗の生産者が違うものが複数混ざると・・・と、確かに正当な理由を言い始めたがこの場合はそれは通じない。ブロッコリーは1種類しか販売されておらず、バーコードも値札もついていない。なので『あんた、単なる嫌がらせをしとるんだろう。やっぱ買物は気持ち良くしたいよね』と言い、彼とはオサラバした。
たった250円の買物をするために気分を害され、腹立たしくてしょうがない。こちらは何度も苗を買った経験から販売員の手間も省けるので良かれと思い小箱を所望したのだが、単なるアホと思われたようだな。他の店員はよく気が利き、その仕事ぶりにいつも感心していたものだからこんな態度をされるとショックが大きい。ただ、今思うと気が利いてる店員のほとんどは女性で、男性では一人しか心当たりがないな。
まあ、こういった気の利かぬと言うより、自分の持っている権力を最大限ふるおうとする小さき人間はどこにでもいるもので、そんな人間相手にいきり立つ自分もまた愚かなのだろう。このオッサンとのやり取りの際、『そんな中国人のようなことをしとったらあかんわ!』と思わず口走ってしまったが、意地悪で無愛想な服務員が多かったのも10年以上前の話。直感的にオッサンと服務員がダブったからそんなことを言ってしまったが、言ったあとにそれは中国人に対して失礼な物言いだったと反省。
いずれにせよ、こんな輩とは関わらないにかぎる。

2009-02-27

褒めてなんぼ


昨年さんざ苦労させられ、必死の思いで成果品を納品したある現場の、その納品データについてちょうど一年経った今頃になって『ちょっとおかしい所があるので修正して下さい』との連絡が来た。その物件については主に関わって来た同僚とともに『済んだもの』として、忘れていたのだが契約上は『3年のお付き合い』ということになっているので無視することもできず修正要請に迅速に対応し、そして今日実に久しぶりに客先の大本山を訪れ修正データを納品し、お互いの近況などについていろいろ言葉を交わして来た。
客先に到着したとき、いきなりその当時現場で一番手強かった担当者と顔を合わせ、こちらが『ご無沙汰しております』と挨拶するも相手はにこりともせず、ぶすっとした表情で『後で話があるので来て下さい』とだけ言う。これには同僚ともども『こりゃー、何か嫌な予感がするな。知らん顔して帰ってしまおうか?』と半ば本気で考えていたのに、客先の狡猾な罠にまんまと搦めとられ、気がついた時には当の担当者の目の前でビクビクしながらどんな攻撃をしてくるのか?と気を揉んでいた。ところが話というのはあるデータについての処理方法のアドバイスを求められただけで、別段何かを指摘されたわけでもなく至って穏やかに、友好的に時間は流れ、良い雰囲気の中で話し合いをすることができた。そしてその場を離れる前に、昨年同じくその現場にいた他の担当者にも挨拶した折りに、『昨年は本当に良く頑張ってくれましたね。今になってあなた方がどれくらい素晴らしい人達だったか、ということを痛いほど感じています。またあなた達と仕事ができることを楽しみにしています。』と、少し褒め過ぎちゃう?と感じるほどに褒めてもらって、あの苦労がいくぶん報われた気がした。おそらくあの話し振りからすると今年度は相当苦労しているのだろう。
現場をやっている当時にその言葉を聞いたなら俄然気分良く仕事できたろうに・・と思いつつも、褒めてもらったことを素直に喜び次に繋げていきたいと思う。

2009-02-26

霧ヶ城


平野部では久しぶりに快晴の朝を迎え、朝日に向かっての車の運転は非常にまぶしいものの、心は空と同じく晴れやかですこぶる気持ちが良い。中央道は今日も車が少なく流れは順調で、こんな気持ちの良い朝のドライブにはうってつけだ。片道1時間半ばかりで目的地の山城に到着し、さっそくローリングタワーを組み上げる。そう、その目的は石垣の3次元計測にあり、先日行なった作業でうまくデータを取得できなかった部分の再測を行なうためだ。ローリングタワーを扱うのは何年か振りなので、うまく組み上げることができるか心配ではあったが、大先輩らの厳しき指導にて3段分の組み上げに成功し、その上から3次元レーザースキャナで石垣を俯瞰し計測を開始する。この様子を下から見ていると仮設足場と石垣の高さがほぼ同じで、まるで攻城戦を仕掛けているようにも見えなくもない。
結局今日の再計測作業では3回機械を立て直したので、同じように仮設足場も3回組み上げたことになり、ここ最近内業続きでなまっていた身体にはなかなかこたえる力仕事の連続で、明日あたり腰が痛み出すかもね。そんな苦労のかいもあり、計測作業は無事終了しデータもうまく取れたようだ。
これでしばらくこの山城へ来ることもないだろう。仕事をする環境としては良い所なので、是非また調査の機会があればと考えている。

2009-02-25

新・漂流民


最近帰り道が混んでないですか?
僕のようにほとんど残業をしない者が帰路に着くのは大体18時前後といったところ。景気良かりし頃は少し早めの17時半頃なんて流れも良く、今のような混雑は滅多に無かった。ところがこのところの不景気で残業がほとんど無くなったせいだろう、皆が定時で仕事を上がるから道の混み様はすごいものだ。その影響で僕のような者はかえって時間がかかってしまい、帰宅も遅くなりがちだ。そしてこの混雑に拍車をかけているのが新・漂流民と名付けた者達なのだ。
どういうことかと言えば、やっとこさ混雑する区間を抜け流れ始めると思いきや、相変わらず40kmというペースでだらだら運転が続く。イライラしながら前方を遠望すると、ちんたら走っている車が見える。以前ならそんな車は紅葉マーク車か軽トラくらいのものだった、それが最近はやたらと多い。そこで考えた。ひょっとすると彼らは常時残業組だった連中ではないか?と。その遅い車の後ろについて様子を窺うと、別に年寄りでもない。ただ、だらだらと締まりのない挙動不審の走りをしているだけなのだ。おそらくこういった者は習慣的に残業をしていたものの景気の悪化で残業が無くなり、さりとて早く家に帰った所でやることも居場所もなく、家族にも歓迎されないような境遇ゆえにまるで路上を漂流するがごとく、しかし一応は家に向けて漂っているという、そんな状況なのではないだろうか?確かにその走りには目的が感じられず、力なくフラフラしている印象だ。これも不景気が生んだ社会現象の一つではあろうが、なんか寂しいよね。

2009-02-24


ここのところ僕にはめずらしく体調があまり良くない。何かが身体の中に入り込んでいるのは分かるが、それが何なのか?分からない点で少し不気味ではある。食欲はいつもと変わらず旺盛にあるものの、胃なのだろうか?それとも胸なのだろうか?どちらとも言えない辺りが突然重いような感じ、もしくは僅かな吐き気を伴う感じがして違和感がある。ひょっとしたら胃腸風邪なのかも知れないが、それ以上悪化もせず熱も出ず、しばらくは均衡を保っている。そういえばこんな感じになる前にいくつか口の中に吹き出物ができていたっけ、こういった吹き出物はたいがい風邪を引くなど体調が崩れる前触れとして出現するので、今回のこの状況もある程度予測の範囲だったとはいえ、やっぱり風邪なんだろうか?
こういった違和感を感じるようになって、ふとあることを思い出した。それは長女が数日前、食事の時に『おなかがいたい』と言ってあまり食べないことがあった。その時は『気持ち悪くて吐きそう』と言いながらボウルを脇においておとなしくしていた。『熱もないのに気持ちが悪いなんて長女としてはめずらしいね』と妻とふたり心配していたが、その後自然に治ってしまったようだ。ただ、それから数日間は食事の度に『おなかがいたい』と言ってあまり食べず、それを僕は早く遊びたいから嘘をついていると思い込んで『ちゃんと食べなさい!』と注意していた。それがだ、自分まで調子が悪くなって思い当たるに『この症状は長女とまったく同じやんか』と呆れてしまった。おそらく何かしらを長女からもらってしまったらしいが、あのとき長女が言っていた『おなかがいたい』とは、この胸や胃の辺りに感じる違和感のことを言っていたのだろう。確かに子供からすればこんな感じは痛いと表現するしかないと思う。そうすると長女は嘘をついていたわけではなかったのに僕が『嘘をついちゃいかん』と頭ごなしに注意したことになる。これまたやってしまったな・・反省。

2009-02-23

monster parents



幼稚園の先生もいろいろと大変だな・・と、感じさせることがあった。
夕飯中に電話が鳴り、出ると長女の担任からだった。はて、何か連絡事でもあったのだろうか?と聞いていると、『今日、幼稚園で○○ちゃんが箸を折っちゃいまして、大変申し訳ありませんでした』と謝るではないか。そう、確かに帰宅した時、真っ先に長女が箸を折ってしまったことを言いに来た。そこで『何で折れたん?』と聞くと、『箸を齧っとったら折れてまった』と言う。『ああ、そうなん。箸齧っとっておいしかった?箸は齧るもんじゃないねー、わかった?』『うん、わかったー!』と、こんな流れで話は終わっていた。まさかそんなことで担任がわざわざ電話して来るとは思わず、おまけに謝って来たのでかえって驚いてしまい。『あのー、娘から箸が折れたことは詳しく聞いています。全然謝ってもらうことなんてないんで、かえって恐縮です』と、何がなんだかよく分からずお互いに『いつもお世話になっています』やら『こんなことでわざわざ電話してもらってすいません』やら頭をぺこぺこ下げるような会話に終始して電話を切った。以前も長女が転んで頭を打ったことを詫びる電話があったが、子供とはそういうものだろう。むしろそれが自然だと思う。そんな些細なことまで親に詫びねばならぬとは、それほどうるさいmonster parentsがいるという裏返しでもあるな。つい最近も妻の友人が勤める幼稚園で園児が他の子の物を間違って持ち帰り、それについて担任が泣き出してしまうような手紙を突きつけた親がいたという。そんな信じられぬようなことがまかり通っているこの社会をあなたはどう感じるか?こんな目に見えぬプレッシャーが確実に幼稚園の先生らを蝕み、それが子供達にも感染するのでは?と、負のスパイラルの予感がしてならない。
なぜもっと余裕を持てないのか?なぜもっと人を信じ、赦すことができないのか?今はそんな時代とでも言うのか?

2009-02-22

春耕


雨は午後4時に降り出し、次第に雨脚も強くなって来ているようだ。予報では今週はずっと天気が悪いらしく、週末は晴れとなっていたが果たしてどうなるか。3月からは本格的に畑仕事に取りかかるつもりなので、週末の雨はちと厳しいな。そんなこともあって今日は雨が降り出す前にある程度は先行して耕しておこうと思い、まる一日鍬を振り回しほとほと疲れました。
一度耕してある所に鍬を入れるのは容易だが、今回は畑を拡張せんと手つかずの所に鍬を入れたので土が締まっていてなかなか手強く、おまけに昨春畑を開墾していたときと同様に庭を掘り返すと、コンクリートブロック片に始まり、ガラス片、木片、かなり大きいチャート片などなど雑多なものが次々と出土し、あまりのひどさに地点上げをして記録として残してやろうか?と思うほど。鍬を打ち込む度にそれらがいちいち鍬を跳ね返すので、何度手がしびれたことだろう。おそらく前住者が建てた物置小屋をリフォーム時に解体し、その出たガラを分からないだろうと庭に埋め込んだものに違いない。こればかりは庭や外溝のリフォームを発注した不動産屋にも見抜けなかったようで、致し方ないことではあるが、その工事を担当した業者はよほどいい加減な所だったようだな。
次々と出て来るガラを取り除き、更に鍬を振るい耕す。最近は身体がなまり気味だったので少し動いただけで息が切れ情けない限り。それでも歯を食いしばって鍬を振り続け、なんとか耕作予定地の第一次開墾を終了することが出来た。おかげで全身にだるさが残り、明朝はさぞ痛いことだろう。とはいえ久しぶりに汗を流しながらの作業が出来て、気持ちが良かったな。

2009-02-21

10年以上の眠り


まだ本格的に畑仕事が始まってもいないのに、なんで週末はこんなに時間が無いのだろう。やりたいことは山ほどあるのにそのどれ一つも出来ぬ間に休みは終わり、新たな仕事へと向かっている。いよいよ3月に入ると本格的に畑仕事を開始せねばならず、この状況からするとそのために休暇を取らねばとてもまわしていけそうにない。幸い我が仕事は年度末を過ぎてしまえばいったん息をつけるようになるので、その時まで溜まっている有給休暇の消化も兼ねながらなんとか凌ぎ、切り盛りしていこうと思っている。そう、だから当然のごとく僕にとってのベースは仕事などではなく、家や家族なのだ。

妻の英語クラスが終わってから少しでも畑をいじろうと思っていたが、冷たい西風と昼寝をしてくれなかった次女のおもりに阻まれ、ひな人形のお道具類の飾り付けに予定を変更する。いかにも古そうな箱から細々とした小道具を出してもさっぱり飾り付け方が分からず難儀している横で、クラスから戻って来た長女と次女が梱包材の発砲スチロールを細かくちぎり、そこら中にばらまいて『キャーッ!』と逃げてゆく・・『こらっ、片付けんか!』と叱ってもなんのその、まったく言うことを聞かず更に散らかし放題だ。一体何のためにひな人形を飾っとるんやろ・・と自問自答していると、妻が戻って来て積極的に飾り付け始めた。どう飾っていいのか分からない物が多いと言うと、これを見よ!と、ひな人形専門の雑誌を取り出して指し示す準備の周到さ。さすがは自分のfamilyに伝わるひな人形だけに思い入れも相当なものらしい。2人してああでもないこうでもないと言いながら、なんとか格好がつくまでには仕上げたが何せ10年以上も梱包されたままだったので、人形の衣装などにも変な梱包癖がついてなかなかうまく立ってくれない。
着々と準備は進み本番を迎えようとしている。その時までにすべてを飾り付け終えなければならないな・・

2009-02-20

本音


夕飯も終わりに近づいた頃、懇意にしているマツダの営業さんから電話が入った。『ぜひともプレマシーの12ヶ月点検を受けて欲しい』とのことで、今夜で3度目のお願いとなる。僕としては常日頃から車の調子に気を配り、異音などしたらすぐに見せに行くよう心掛けているため、基本的には車検以外に車の点検をするつもりはない。どころか2年おきの車検すら必要ないとさえ思っている。アメリカを見よ、『車検』などなくとも車は立派に走っており、路上で故障車を目にする機会も少ない。もちろんアメリカでも法定の検査は受けなければならないが、それは100ドルにも満たないほど安価で所有者の負担は軽く、日本のように税金や自賠責保険が含まれているとしても普通車で10万を越えるような額になりはしない。
そんな思いでいるからマツダの営業さんの熱心な勧誘にも『行かない可能性が高い』と伝えてはいたが、3度目の勧誘にあたって彼とは懇意でもあるし、いい加減な答えもかえって彼に対し失礼であると考え、『本音』をぶつけることにした。
その本音とはこうだ。実は1年前のプレマシーの車検の折り、車検終了後にブレーキが効かなくなるという重大なトラブルがあった。どうもおかしいのでマツダに持ち込むとブレーキオイルにエアーが混入し、ブレーキの効きが極端に落ちたのが原因と解ったが、こんな初歩的なミスは信じられないもので、しかも何万も払って車検を受けたのに受ける前より調子が悪くなり、怒りを通り越して呆れたほどだ。そんな経緯があったので妻と相談し、いくら営業の彼と懇意とはいえメカニックの質は信じられず、今後マツダでは車検を受けないと決めていた。
その旨を正直に伝え、車検をマツダで受けることは無い、とはっきり伝えると。彼もその時のことを憶えているので『自分も同じ判断をするでしょう。大変申し訳ありませんでした』と詫びて来る。僕は何年も前にデミオを調達してくれた時から彼の人情味ある人柄と、中学校の教師だったがいろいろあって今の職に就いたという風変わりな経歴、そこから来るであろう誠実さや暴走しがちな熱意をもった話しっぷりが好きで、妻らがアメリカに帰国中は暇を持て余しついでに彼を尋ね、無駄話をぶってはマツダの営業妨害を繰り返していた。そんな彼に『NO!』を突きつけるのは心もとないが、だからと言ってなあなあにできることでもない。僕は本音をぶつけたが、彼もその真意を汲んでくれたようだ。
マツダに落ち度はあった。その信頼を取り戻すのはそう易々と出来はしない。でも、彼に対する信頼は変わらない。これからも時間を見つけては息子さんの様子などを聞きに、マツダの営業妨害に出向くとしよう。

2009-02-19

のんの ののさま・・


長女の通う幼稚園は、入園してから知ったことだが仏教系の幼稚園で、毎月配布される予定表を見ていると仏教行事がしっかりと行なわれているのがよく分かる。先週末にあった発表会もまずはお祈りから始めるという流れで、これには宗教の自由を思う観点から少なからず違和感を感ずるが、まあ過剰反応かも知れない。そして今日は涅槃会が行なわれ、長女によると皆でホールへ行きそこにある『のの様』にお参りをしたという。そう語りながら『のの様』って誰?という話になり『のの様っていうのはね、お釈迦様のことだよ』と、答えても『おしゃかさまって〜?』となる。そこで『ほとけ様、ブッダって言うんだよ』と言っても、もちろんキョトンとして分かるはずがない。自分のあまりの答えの拙さに呆れながら『たくさんの人を救った人だよ』と答えたら、なんとなく分かってくれたようだ。そして次なる質問が『ねはんって〜?』と、これまた厳しい!動揺しながら『のの様が死んだんだよ。みんながすごくすごく悲しくて泣いたんだよ』と苦し紛れに答えると、『のの様死んじゃったの?なんで?』ときた。『のの様はずう〜っとずう〜っと昔に死んじゃったんだよ・・』と、答えに窮した所で『さあ、お風呂の時間だ!』と逃げてやった。その様子を見ながら妻が『その質問に答えるのはあなたの責任だ』と言わんばかりの顔をしてニヤニヤしている。ううむ、解っているつもりでも解ってないとはこのことだと大いに反省するも、ちょっとこの質問難し過ぎやないですか?

そもそも『ののさま』って何よ?と思い調べてみたがいろんな解釈があるんだね。長女が家で時々口ずさんでいる歌が『ほとけさま』という歌であることをこの時始めて知りました・・

 のんの ののさま ほとけさま

 わたしのすきな かあさまの

 おむねのように やんわりと

 だかれてみたい ほとけさま

 

 のんの ののさま ほとけさま

 わたしのすきな とうさまの

 おててのように しっかりと

 すがってみたい ほとけさま

2009-02-18

CS4


一日中、イラストレータとの格闘を続けていると、思わず叫びたくなるような衝動に駆られることがしばしばある。
最近は年度末が近づき、各現場の納品時期が迫りつつある状況の中で、必然的にイラレの使用頻度も増えほぼ終日相手をしているような状況だ。しかもその内容と言えばクリエイティブな要素は全く無く、単純なデータ修正の連続という眠気を誘うものばかりで、正直やっていて面白いものではない。と言ってもやらねば納品出来ぬわけで、そこは気合いを入れ直して精進するのみ。
今やっている仕事も作業量が膨大で、果たして納期に間に合わせることが出来るだろうか?と不安にもなるが、今から心配していてもしょうがない。やれるだけのことをやるのみだ。
そんな中イラストレータCS4が届き、最近利用していた体験版から正規版への乗り換えも完了した。このCS4は今までのイラレと比べると格段に使い勝手が向上し、久しぶりに使えるアプリケーションだな、と感心する次第。特にDWGやDXF形式のファイルを扱う場合は、従来のものより大幅に作業時間が短縮でき、作業する者にとっては本当にありがたい。一年前の今頃も同じように大量のデータを扱っていたが、その時は本当に苦労し、相当な時間をかけたものだ。それがこのバージョンになってからはその時の多くの問題が何の苦もなく解決でき、いったい去年は何をしとったんだろう?と馬鹿らしく感じるほど。技術の進歩様々だね。と言うよりアドビが客の要望にようやく耳を傾け始めたということか?

2009-02-17

70年ぶりの帰還


70年ぶりにひな人形が還って来た。ここまでの経緯はいろいろあったがまずは良かった良かった。
ひな人形の帰還を知ったのは午前中のこと。妻はえらく昂奮気味で、長女が幼稚園から帰ったらさっそく一緒に開けるのだ、と言っていた。午後にはまた妻から電話があり『梱包がすごくて大変だ大変だ』と要領を得ないが雰囲気だけは分かる連絡があり、そして帰宅すると人形だけはひと通り飾ってあった。なんでもどこに誰を置くのかが分からないので取りあえず適当に配置したと言う。送られて来た荷物の中にはお道具類もかなりの量含まれており、臨時の五段ではとても置ききれそうにない。どうやらもともとは7段飾りであったのだろう。梱包を開封した時は多くの人形が1996年の新聞で包まれており、おそらくこれが最後にひな人形を出した年だと思われる。お道具類の中にはなんと!1974年の新聞にくるまれたものもあり、それだと僕の歳とほとんど同じ時間眠っていたことになり驚くばかり。
さて、肝心の人形はと言うとやはり作られてから70年も経ち、その間2回も日本〜アメリカ間を行き来した疲れは所々に散見され、例えば髪型が崩れかけていたり、冠が折れ曲がっていたり、詰め物の綿が飛び出しそうになっていたりと、それなりの傷みはあるものの実際に人形を間近で見てみると、やはりツンと澄ました感じはなく、素朴で庶民のおひなさまという感じがする。どことなく『つっこみ』を入れたくなるようなお人形さん、と言えば分かり易いだろうか?
子供達はもう大昂奮で、さんざ妻の邪魔をして困らしていたようだ。ひな人形が梱包されていた箱には大量のプチプチとともに、マシュマロのような麩菓子のような形をした緩衝材がこれでもか!というくらいに詰められており、子供達はそれを部屋中にばらまいて『雪だ!雪だ!』と騒ぐわ、そこら中の隙間という隙間にねじ込むわとやりたい放題。ひな人形そっちのけのテンションの高さで終始ご機嫌の模様。

これでやっとこさ娘達に桃の節句を楽しませてあげることができそうだ。シアトルの皆に感謝。

2009-02-16

先日のカナヘビを想う


ここ数日間の暖かさはどこへやら、今日は寒気の南下に伴い雪雲が続々と押し寄せ、冷たい風とともに雪や霰をばらまき足早に去って行く。時折覗く日差しの日だまりの中で冷えきった身体を温めては、また薮に分け入っての作業を続ける。
こういう寒い日に限ってこれまた寒い環境で仕事をせねばならぬようになっているらしく、現場に着いた当初からみぞれ混じりの雨に打たれ、作業中は強烈な西風の合間に霰に打たれるという踏んだり蹴ったりの環境。とは言え終日鼻水を垂らしながらの作業も今日一日のみで終了し、それくらいのことならばいくらでも耐えることが出来る。しかし、この急激に気温が下がりつつある寒さの中、山に籠り現場作業を続けている友人の辛苦は如何ばかりのことだろう。どうか体調を崩さぬようご自愛あれよ。
そんな厳しき仕事でも楽しきことはあるもので、3年前今日と同じ現場を調査のために伐採し下草をすべて刈り払ったのだが、久しぶりに来てみると特に日当たりの良い南面は草木が驚くほどに成長し、僕の背丈をゆうに超えていた。しかも足元からはどんどんいろいろな木が芽吹き旺盛に成長を続けているようで、仕事の面から言えば邪魔とも言えるものも、その逞しさ力強さには元気づけられ『ようここまで大きくなったなー』と、つくづく感心させられる。
我が庭の木々も枯れることなくそうやって成長することをただ願うのみ。

2009-02-15

梅香る昼下がり


毎年、梅の頃となると祖母や母らと一緒に百梅園を訪れ、梅を楽しむことになっている。今年はここ数日の暖かさで一気に梅が開花し、今週末辺りが満開のピークを迎えそうだ。諸処の事情により急遽百梅園行きが決まったのが今朝の事。昼少し前に百梅園に着くと去年よりは人出が少なかったものの、それでもかなりの混み様だ。まだ母達の姿は見えずちょうど昼時でもあるので、婦人会のおばちゃん達が作る名物の『よもぎうどん』を食べながら待っていると、姉が現れ『暇やったで来たよー』と、ご機嫌だ。そうこうしているうちに祖母や母も到着し、テント張りの仮設休憩所でぜんざいや団子を食べながらしばらくおしゃべりをする。母や姉とはしょっちゅう会うが、さして遠くない所に住んでいる祖母とはなかなか会う機会がなく、娘達も祖母(ひいばあちゃん)の事をほとんど憶えていない。なのでこうやってどんな理由でも良いから定期的に会う機会を作る事が皆にとってとても大切になってくる。
娘達も祖母の前に来ると途端に大人しくなり、目をそらせたり澄まし顔をしたりして別人のようになるが、それだけ会ってないということでもあり祖母に対して申し訳ないことをしていると改めて感じる。そんな祖母もやはりひ孫や、孫である姉や僕がいると大変喜んでくれて、おまけにいろんな種類の梅が目を楽しませてくれる中を、ゆっくりと園内を散策しながら梅の木に掛けてある公募の和歌をしっかりチェックしつつ、自分なりに楽しんでくれているようだった。

今ブログを書きながら気づいたんだけど、祖母・母・姉・妻・娘達二人に対して僕一人とはなんかすごい組み合わせだな・・普段から女系の強い中で生活していると、そんな環境があたり前となって来て男が僕一人でもなんら違和感を感じない。来月半ばには義母が再び来日し、女系が母系に化け更に翻弄されること間違いなし!・・なのだ。今はかわいくて仕方がない娘達が将来僕のことを『フンッ!』と言うようになったら、その時が第二次バックパッカー期の始まりだな・・意外と近いかも?

2009-02-14

春一番が吹くころ


季節外れの暖かさの中、朝も早よから長女の通う幼稚園の発表会を見に行った。妻は英語のクラスがあるので行く事が出来ず、その代わりしっかりビデオ撮影して来るように!との厳命を受けて準備万端で出向いたつもりだった・・ところがあろう事か長女が舞台に出るわずか2回の出し物の内、年少クラス全員での合唱の場面の撮影の際、よく見えるところまで移動し完璧に撮影できたと思っていたものが、家に帰り確認してみると、なぜか撮れておらず血の気が引いて真っ青に・・な、なんで・・何度確認しようが写っていないものは再生されるわけもなく、考えられる原因としてカメラの機械的不具合と言いたいけど、おそらく僕が単に録画ボタンを押し忘れてポーズのままで撮影していると思い込んでしまった、というのが本当のところだろう。はあ、何とも情けなく、とんだ大失敗だった。
朝の9時から始まった発表会はぶっ続けで午後1時まで続けられ、長女も一緒に連れて行った次女も腹をすかし、集中力も切れ疲れ気味。それでも総じて2人とも大変いい子で発表会に参加し、実家の母に助けに来てもらったこともあり、なんとか乗り切る事ができました。


この生暖かさを運んで来た南風は全国に春一番をもたらし、それが多くの動植物の目を覚まさせたようだ。当然僕もその一人でどうも最近手元が狂ったり、単純な失敗をしたりするな・・と思っていたら、そういうことだった。要は春一番のような南風が吹き始めると心は落ち着きを失い、浮ついたような感じに絶えず襲われる。頭の中は波照間に飛び真っ赤なデイゴの花を見つめている。
ああ、春だよな〜

2009-02-13

落着


ひな人形の輸入税額が確定した。その額34,100円也。
内訳は、関税14,600円、輸入消費税15,600円、地方消費税3,900円となっていた。
なぜ消費税がつくのか理解できないが、担当者によれば『そういう事になっている』そうだ。このトータルの税額を高いと見るか安いと見るかは人それぞれだろうが、もっと安く済ませる方法を知っていた者にとっては驚くほど高いと言わざるをえない。先回も述べたがモノを送る時はそのモノの価値を自己申告だがINVOICEという書類に必ず明記しなければならない。通関の係官はその値段を参考に関税をかけるので、必然的に申告した価格が高ければ高いほど関税も増える事になる。それに加え輸入消費税や地方消費税もその自己申告価格に対して掛けられるので税額はどんどんアップする。今回義母がセットした価格は3800USドルで、それに送料の400USドル分を合計した額が課税対象価格となってしまった。僕や妻としてはこの3800ドル分をなんとかこらえてもらって、1000ドルを下回る額で申告するよう申し入れていたのだが、義母にとってひな人形は1000ドルを下回るような価値のものではない、という頑とした意見から3800ドルと書いてしまったようだ。もう済んでしまった事なので致し方ないとはいえ、例えば900ドルと申告してくれていたら税額も4分の一の8,500円ほどに抑えられたことになり、この点については残念としか言いようがない。結局ひな人形に対する輸入関税率は4%で、これはほぼ予想していた額だった。
クロネコが立て替えているこれら税額を、即指定先の銀行に振り込んで来たが既に3時を過ぎており、ひな人形の到着は来週火曜に持ち越しとなってしまった。今回の一連のことでいろいろ勉強になる事もあり、もし次回もあるのなら今度こそうまくすり抜けてやるつもりだが、自分で何とも出来ない範疇で物事が進んでしまったら、今回同様の轍を再び踏む事になりかねないのもまた、現実なり。

2009-02-12

悩ましきこと


ロードスターを快調に飛ばして帰宅すると、妻が暗い顔をして悪いニュースがあると言う。つい一昨日も同様に車をぶつけたと聞いたばかりなのでまたかいな・・と心の用意をすると。それはアメリカから送られて来るひな人形のことで、今晩クロネコから荷物到着と関税の支払いについての問い合わせがあり、それによるとどうやらかなり高額の輸入関税を払わねばならぬことになりそうなのだ。というのもまず一つ目はひな人形にかけられた保険の額が高かったということ。こちらとしては税金対策も含めて日本円で10万円を超えないようにと義母には伝えたはずなのに35万もの保険をかけてしまったらしい。ということはそれだけの価値があるものと言うことになり、もちろん税率が跳ね上がる。確かに義母らの思い入れが深いひな人形の価値はお金には出来ぬものとは分かっている。しかしあくまで通関作業は事務的なもので感情的なものとは無縁だ。そこを解ってもらいたかったが無理だった・・。二つ目は荷物の内容を中古ひな人形ではなくアンティークひな人形!にしてしまったこと。これだけは絶対に避けなければいけないことだったので、わざわざ日本語で『中古ひな人形 個人所有物』と大書したPDFを作って、これを荷物に張るようにとメールしたのだが、現地クロネコオフィスで箱を別のものに換えた折りに紙は無視され、義母の説明通り古いひな人形としてアンティーク扱いになってしまっていた。これには正直愕然とし、一体どんな税率が適用されるのか検討もつかない。そして三つ目はひな人形の産地があろうことかアメリカとなっていることだ。日本で作られたものをまた日本に戻すだけなので、常識的に考えたら産地は日本に決まっている。そこをなぜかアメリカにしたことによりまるで僕がアメリカで作られたアンティークひな人形を業者から輸入している格好になってしまう。そうなったらてきめんガツンと課税されるに決まっている。
シアトルの家族にとって貴重なひな人形を送ってもらって文句ばかり書くのは失礼だとは解っているが、ちょっと気を使えば安く出来る税金を気前よく国に払ったところで一体何になるというのか?そういう対策も含めて万事抜かり無き様手を回していたことはすべて無視され、それに費やした時間は無駄になってしまった・・。
最終的には関税を払わねばならぬことは分かっているので、お金については仕方がないとしよう。僕が残念なのはこちらが良かれと思って段取りつけたことをすべてぶち壊すかたちで事が為されたということだ。
ただただ、脱力。ほんと、まいったな・・

2009-02-11

大山蓮華


我慢できずにまたやってしまった・・
昨日妻がぶつけた車の傷を補修せんと近所のホームセンターを訪れると、店外の植木売り場にいつもより多くの植木が並んでいた。どんな木がいくら位で売られているのかが知りたいので、ここはなるべくチェックするようにしているが冬の期間はさすがに出物も少ない。しかし立春も過ぎた頃からぽつぽつと果樹を中心に出始め、先週末から始まったこの店の売り出しも相まって一気に品数を増やして来たようだ。そんな苗木を見ていると常連さんである花水木や金木犀、椿にはじまり、沈丁花、木蓮、更には桜や梅、レンギョウ、黒松などなど雑多な品揃えで何でもござれと言った雰囲気。そんな中でふと目を止めたのがオオヤマレンゲの苗木だった。モクレン科のオオヤマレンゲはちょうど一年前に庭に植える木を探していた時の、僕の植えたい木の候補リストに上がっていた木でもあったが、深山に自生する木でもあり何カ所か回った植木屋には置いておらず、仕方なしに候補から外し他の木を植えたのだ。その木が何とも普通に置いてあり値段も1480円と手頃で思わず『おお!』と声に出してしまったくらい。心は激しく動揺し『買っちまえ!』との囁きも聞かれるが、一方理性は『買ってもどこに植えんねん?』と火消しに躍起だ。そう、確かにその通りで庭にはまだまだスペースはあるものの木を植えるとなると話は別、現況で十分飽和状態でたかが一本の木と言えども植え付けるのは難しい。そんな理由で木は諦めて家に帰ったがどうも胸騒ぎがして落ち着かない。そんなんだったらいっそのこと買ってしまおうと、再び降り出した雨の中をホームセンターに向かい即購入。どこに植えるかまずは様子見ということにして後で考えよう。それが楽しいひと時でもあるのだから。

2009-02-10

大潮


妻が車をぶつけた。
と言っても人を撥ねたわけでも、他の車とぶつかったわけでもない。聞けば出産を控えたアメリカの親友にプレゼントを送るため近所の郵便局に出向いたが、いつもはガラガラなのにどういうわけかごった返しており、駐車場が空くまで15分近くも待たされやっと空いたスペースに焦って駐車を試みたのが運の尽き、見事車の右後部側面を電柱にヒットしてかなりの広範囲にわたって凹みや傷を付けてしまったと言う。帰宅してまずそれを言われたので『なにッ!』と見に行くと暗がりではっきりとは分からないが、めっちゃ凹んどるやんか!この損傷だと電柱にズガン!とかなりの勢いで勝負を挑んだに違いない。なんか力が抜けるような感じがし、ムカムカと妻の不注意に対して怒りが込み上げて来たが、それを指摘すると僕がぶつけた時のことを蒸し返し、返り討ちに遭うのが分かっているのでここは一つただ黙って辛抱する。そりゃ、僕も何度もぶつけたことがあるし、車に乗っている以上起こりうることなので、そんなことに腹を立てていてもしょうもないこととは十分わかっているが、ここが人間として小さきところで分かっていても怒ってしまうのだ・・

今宵、大潮にてやはり月の運行が人間心理や動向、そしてモノに対して物理的な作用を及ぼしているのは間違いないだろう。現に昨夜は僕の車のヘッドライトが突然切れたしね・・。そう思うと妻がイライラして普段ならしそうにないミスを犯してしまったことも納得できるし、それに対して僕がムカつくのも説明できるが、これに限っては自分の保身的なご都合主義的解釈でしかないな。
ま、とにかく車が凹んだってちゃんと走りゃーどうでも良いことなんだ。ただ、見てくれが悪いというだけ。おそらく板金に出せば最低3万はかかるだろう。もちろん直す気など無い(ただ、明るくなってから見てあまりにひどかったら考えるけど・・)。なんか、たかが車のことでイジイジしてる自分が嫌になって来たな。さっきNHKの世界遺産シリーズを見たのがいけなかった。多くの人が花粉症で苦しみ始めるこの季節、僕は他のことで悶々とし始める。それが些細なことでのイライラを助長する。が、やっぱり人間が成ってないだけのことだよな。反省。

2009-02-09

節分過ぎて鶺鴒きたる


お天気のよかった昨日、昼食を家族でとりながらふと庭を見ると一羽の鳥が盛んに何かをつついている。子供達に『鳥が来とるよ』と教えてあげると『知っとるよ、ずっと前から来とるもん』と言う。妻によると豆まきをした節分の次の日からさっそくこの鳥が来るようになって、何羽か仲間を連れても来るが、我が家の猫が下で待ち構えているので警戒してなかなか庭まで降りて来ないらしい。しかし、その中でも一羽だけは勇敢なのか冒険心旺盛なのか果敢に庭まで降りて来て猫の奇襲をうまいことかわし、さらには猫が家の中でポカポカウトウトしている時を見計らって、そこら中に散らばっている豆をほくほくしながら啄んでいる。なんか『幸島のサル』みたいだな・・と思いつつどんな鳥かしらん?と調べてみたらセキレイ科のハクセキレイだった。いままで単にセキレイとだけ思っていたらセキレイにもいろいろな種があるんだね。勉強になりました。
でも豆を啄むハクセキレイを見てて不思議に思うのは、まず真っ先に豆を狙うのはスズメやハト、ヒヨドリだろうと思っていたのにそれらはまったく来ずに、見かけもっと警戒心が強そうなハクセキレイが目をつけたことかな。何か鳥の間で不可侵の取り決めでもあるんだろうか?よもや談合ではあるまいな?

2009-02-08

竹取りのオヤジ


寒気の南下に伴う強烈な西風がびゅうびゅう吹き荒れ、いろいろなものが宙を舞い、飛び去ってゆく一日だったが、風に以前のような冷たさはなく終日外に居てあれやこれやと作業を行う。一昨年から育てているムクゲが植木鉢やプランターの中で窮屈そうにしているので、それらを妻や娘達と一緒に堤防の周辺に植え替える作業を行ったがその数なんと15本にもなり、そのすべてが順調に育ったとしたら我が家の南面はムクゲだらけということになる。それはちょっと・・と妻に言うと『でも私ムクゲ好きだから』で終わってしまった。それより前に『スペースを空けとくと、あなたがドングリの木ばかり植えるのでいかん』と釘を刺されていたのでとにかくここはうまく受け流し、後日隙を見つけて我が植林作業を続行するつもりだ。
午後からは何かと役に立つ『竹』を取りに近くの河川敷まで長女を連れて遠征する。おそらくこの竹林は県管理の土地にあるので竹を取るのは自由だと思う。ただし竹林としては誰も管理していないので荒れ放題。あまりにも竹が密生し過ぎて病害も出ているようだ。ここから比較的真っすぐな竹を選んで3mほどの長さに伐り、ゆくゆくは畑などに活用する算段なのだ。
手ノコで竹を伐採しては鉈で枝を落とすを繰り返し10本近くの竹竿を拵え、肩に担いで家に運ぶ。これを2回繰り返して相当数の竹竿を揃えることが出来た。これだけあれば取り敢えず今年分は大丈夫だろう。

市街地であるにも拘らず、こんな田舎でしかできないようなことまでを可能にする今のロケーションは、いろんな意味で恵まれているな・・

2009-02-07

ひな人形、空を渡るの法


シアトルにあるひな人形を日本に向け発送する段になって、いろいろと分からないことが出て来て頭を悩ましている。まずはどの輸送手段を取るか?ということ。アメリカから日本に発送する場合、以前は船便もあり格安で送ることが出来た。それが今は廃止され航空便だけとなったので運賃が非常に高くなったと義母がこぼしていた。義母によるとUSPS(アメリカの公共郵便サービス)は荷物の扱いが荒いのでUPSを利用しようかと思っているという。ただし、それも航空便になるため送るだけでもかなりの額になる。加えて荷物にかける保険の扱いもこれまた難しく、保険料を安くすればそれだけ負担も減り税関(輸入品として課税される!)での課税額も安くなるが当然何かあった場合の保険金も安くなってしまう。一方で保険料を上げれば課税率も上がるという周到に仕組まれた罠になっている。義母もこの保険額をどうするかで迷っていてなかなか決められない。と言うのも70年前のひな人形の価値は?と言えば、付加価値としてはかなりの額を付けれそうだが、中古住宅などと同じような事務的な考え方でいけば、ほとんど価値がないものになってしまうだろう。なので実際保険額を決めるなら何十万などにはならないが、義母達としては自分達が大切にしてきたアンティークとも言えるひな人形の価値がたったそれだけしかないとなると、相当な衝撃を受けるだろう、それに、もし安い保険額でひな人形を送り破損した場合は何も残らないし、激しく後悔することになる。だからと言って保険額を上げれば負担も増すし、そのまま関税に反映されてしまうので、その辺りのお折り合いのつけどころをどこにするかが難しい。ただ、そこさえ決めてしまえば、何とかなりそうな気もする。そして輸送手段も日系の企業(クロネコや日通など)がシアトルに支店を出しているので、そこを利用すればひな人形を運んだこともある筈だからそんなに心配する必要もないだろう。ちょっと調べたところでは料金もリーズナブルな設定となっていた。
さっそく英語版のリンクを貼り付け義母にメールしとくかな・・

2009-02-06

周遊


起きてすぐ外を見ると心配していた雪も降っておらず、時雨れてもない様子。バイキング方式の朝食をたらふく食べて、いざ金沢城へ。
先回見学した河北門復元工事現場を覗くと、以前は柱だけだったのが上棟式も済ませ着々とその姿が形成されてゆく。工程表では来年度いっぱいかけて復元を成し遂げるようだ。石垣コースを巡り十分金沢城を堪能した後は高速をひた走り永平寺へ。ここに来るのはおそらく3度目のはずなのに土産物屋が軒を連ねる沿道の雰囲気はかろうじて憶えているものの、寺に関してはほとんど記憶がない。これだけ有名で規模も大きな寺なのに僕の心に響くものが少なかったように感じる。だから憶えてもいないのだろう。駐車場に500円、参拝料にこれまた500円払って、厳しく案内される参拝通路の道順どおりに伽藍を巡る。確かに雪も多く残っているゆえ気ままに歩いてお堂を巡ることは出来ないが、ここまで制限される参拝には窮屈さを感じ団体様ご一行の登場もあってそそくさと身を隠し、寺院を後にする。
次に向かうは近場にある朝倉氏一乗谷遺跡だ。
ここも以前バイクで来たことがあるが、あれから更に発掘が進み中世の街並の一部を再現したというので、どうしても見たかったのを今回の出張を千載一遇のチャンスと捉え寄り道してやったのさ。それにしても一乗谷遺跡は広いなー。そりゃ、谷間が丸々遺跡範囲というのだからすごいものだ。

これらの寄り道を終え、再び高速の人となる。自宅に帰り着き今回のトータル走行距離を見てみると600km近くにもなった。さすがにそれだけあると帰宅後は放心状態となり何も手につかず、だらだらと時を過ごすのみのていたらくなり。

2009-02-05

金沢にて


いま、金沢にいる。
こうしてビジネスホテルの一室にいると、何か場違いな気がしてどうも落ち着かない。僕にはやっぱりこんなこぎれいなホテルは似合わないな。このホテルだって全国チェーンのごく普通のビジネスホテルだけど、無味乾燥と言うかいろいろなサービスがあるにしても味気も何も無くまず面白くない。野宿してる方がよっぽど楽しいなと思っても、まだまだ寒い。天気予報によると今晩から明日朝にかけて雪が降るそうだ。日中はこの季節の日本海側としては珍しく快晴で、海に出てもベタ凪というすこぶる穏やかな日和だった。明日は先回と同様金沢城を訪問して城門の復元作業がどこまで進んだか見てくるつもり。ただ、雪が降っていたら考えるけどね。
こちらでの仕事はうまいこと運び、展開次第ではまた来年度もちょくちょく来る事になりそうだ。金沢の街の持つ雰囲気は好きなので片道200km以上の道のりも苦ではない。ただ、能登半島の付け根でもあり、そちらへの志向性が常に僕を誘惑しそれを押さえ込むのが難儀だな。

そうそう、今日の昼は久しぶりに8番ラーメンに入ったよ。僕の地元ではほとんど見かけなくなったのに、ここ金沢周辺には結構出店しているようで移動中もあちこちで見かけたな。ちょっと気になったので調べてみたら、なんと!ここ金沢が本拠地やった!知ってた?なんでも国道8号線に第一店目を出店したからその名になったそうな。どうりで多いわけだね・・しかも店舗情報を見るとまだ僕の地元にも2店ばかり出店しているそうで、恐れ入りました。

さて、明日はどのルートを取って帰ろうか?行きと同じ道はつまらないが、雪だったらおのずと決まってしまうよな。

2009-02-04

ひな人形のこころ


シアトルからひな人形の画像が何枚か送られて来た。妻の母によると人形の損傷はほとんど無く、ぼんぼりが壊れていたくらいということで安心した。更にその後、妻の祖母にひな人形について詳しく聞いたところによれば、ひな人形が日本からアメリカに送られたのは妻の母が生まれた時ですなわち1940年。戦後ではなく戦前だったと判明した。ということはこのひな人形達もコロラドの日系人収容キャンプ居たことになる。ひょっとしたらそこで桃の節句が行なわれたいたのかも知れない。祖母によればその当時で300ドルしたと伝え聞いたと言う。はたして今の価値にするとどれくらいなのだろうか?とにかく作られてから70年ほど経っていることになる。
さて、そのひな人形だが写真で見る限り15体すべてが違う表情をしており、その表情もどこか柔和でつんと澄ました感じが無く、お人形さんという印象を受ける。衣装も今流行のきらきらハデハデではなくとても落ち着いた色合いで、豪勢ではないものの見るからにすべてが手作りと分かり、温かみを感じる。僕もここ最近相当数のひな人形を見て来たが、この70年前に作られたひな人形のような温かみを感じさせたものは少なかった。親王飾りで30万もする作家もののひな人形は確かに素晴らしく、惚れ惚れして溜め息が出るが、このシアトルの人形達の持つ雰囲気とは何かが違うのだ。それはなんだろう?そうだな・・それは『素朴さ』かも知れないな。確かに桃の節句のひな人形は特別なものだ、だが昨今のひな人形は何か取っ付きにくい高みにあるもののような感がしてならない。ひな人形ではなくお雛様としてキリリと鎮座し、どこか隙がない。言わばきれいにまとまり過ぎているとでも言おうか。でもシアトルのひな人形はちょっととぼけたような顔をしていて愛嬌があり、いかにも普通のお人形さんという感じがする。それはただ作られた時代が違うから・・ということだけで片付けられることだろうか?
今から70年前は世界恐慌からの長く暗い時代が続き、太平洋戦争へと日本が暴走し始める時期に当たる。その頃に作られたひな人形にはいったいどのような心が込められたのだろう?はやく会いたいものだ。

2009-02-03

節分


今日は節分。

鬼の面も取り揃え、勇敢にも?鬼の役を買って出た長女に向かって皆で豆を投げつける。『鬼わぁー外!福わぁー内!』と盛大に豆をまいてちびっ子鬼を追い立てると、鬼は『キャー、キャー』喜びながら暗い庭を駆け回り、もっと投げてとせがんで来る。豆を一袋播き終わったところで小休止。次女はまだ要領が分からず小分けにした豆をポリポリと食べているだけで、豆を播くことには興味が無いようだ。思い出せば長女もこれくらいの時は同じだったよな。
いったん家に入り皆で東北東を向き恵方巻きを齧る。この関西の習慣がこの地方にやって来たのはここ数年のことで、我が家でやるのは今年が始めてだ。そもそも恵方って何ぞや?から始まり、なんで今年は東北東なん?と妻の質問が激しさを増し、答えに窮した僕は恵方巻きをさっさと口に放り込んでだんまりを決め込む。子供達には東北東と言っても分からず、たまたまそのとき東北東の方角で大あくびをしながら不適な面で鎮座していた我が家の猫を指差し、あれに向かって食べよ!と教えたまでは良いが、おそらく子供達は恵方巻きとは猫に向かって齧るものだと思い込んでしまっただろうな・・まあそれもいいか・・。

食事を終えると、長女が鬼をもう一回やりたいとこれまたせがんで来た。今度は2人だけでの追いかけっこ。長女はよほど楽しいのかハイパーになって走り回っている。そのうち案の定足を取られて大きく転倒し、泣きべそをかきそうになったがじっとこらえ『ドカンって転んだけど、わたし泣かんかったよ!』と立ち直ると、すぐさま『キャー、キャー』言って元気いっぱいだ。この調子で子供達が息災であることを願いつつ、僕も豆をポリポリと齧る節分なり。

2009-02-02

それぞれの物語


仕事を休むと決めたらすべてが一気に弛緩し、朝はゆっくりと起き朝食をとってからJackieの散歩へ。散歩から帰ると幼稚園へ行く長女を見送り庭や畑を見てまわる。法蓮草を見ながらぼんやりしていると、誰かお客が来たという。玄関にまわると先日申し込んだコミュファの光回線設置状況の確認のため、トーエネックの担当者が来ていろいろ説明してくれた。彼によると光回線の本線は我が家から200mほど離れたところまでしか来ておらず、そこから引いて来るので開通までは2ヶ月ほど見て欲しいとのこと。ただ、家に引き込むのはNTTの既設回線と同じ場所を通すので問題なくいけそうだ。

そろそろひな人形巡りにでも出ようかと支度していると、妻の母より電話があり妻のfamilyがシアトルに保有しているひな人形を日本に送ってくれることになったと言うのだ。そもそもこのひな人形は戦後2〜3年経った頃に妻の祖母が日本に住む母親からもらったというもので、今から60年近くも前のものだ。4人姉妹の長女である妻の母も子供の頃このおひな様を飾るのが楽しかった思い出があるという。確か7段飾りであった?らしいおひな様も、4人姉妹の次女の娘2人が小さかった頃に数回出したきりで、ここ20年近くはまったく出していなかったらしい。なのでどんな状態かまったく分からないが、このままアメリカにあって飾られずに眠っているよりは、日本に送って飾ってもらったほうが人形達も喜ぶだろうし、シアトルの家族にとってもそのほうが良いだろうということになり、我が娘達が受け継ぐことになった。もちろん身の穢れや厄災から身を守ってくれる身代わり人形としてのひな人形は、一人一つとするのが慣例だろうが、戦後の大変な時期にそれも広島から妻の曾祖母の手によってアメリカに送られたひな人形と、戦争中アメリカの荒野の日系人収容キャンプで辛く惨めな思いをし、戦後すべてを失った状態から必死に生活を取り戻そうとしていた妻の祖母や母、叔母らに喜びと明るさを与えたひな人形をそのまま供養してしまうに忍びなく、かえってこのひな人形の持つ物語と注がれた愛情を受け継がねばならぬと思い、娘達に託すことにした。

まだ話でしか聞かないひな人形がどんな状態か?もうすぐ分かることになっている。
もしひな人形に痛みがあるとしても、その人形の持つ物語の重みが軽くなるようなことは決して無いのだ。

2009-02-01

お雛さん巡り


今週末もほとんどの時間をひな人形に費やし、相当数のお雛さんを見て回りました。面白いのは店によって取り扱うひな人形が違うので、それぞれの店のポリシーといったものがおのずと現れている点かな。こればっかりは見る人の好みに合うかどうかということなので、良い悪いなんてものはないが、有名メーカーものを揃えたところ、その店の主人が惚れ込んだ作家のものを置いているところ、その店自らが製作もし創作雛として果敢にチャレンジしているところ、などなどその店を訪れる度に『ああ、これはいいなー』『おおっ!これはすごい』と感心したり、値段に驚いたりとこの数日で大分勉強できました。僕はいつも物事を決するに於いては優柔不断で慎重でなかなか結論を出さず、その代わり出来るだけ情報は集め、その中から『これにした!』といわば感情的に決める質なので、今回もご多分に漏れずいろいろな店をまわらねば気が済まず、納得できるものと出会いたいという希望が強い。これは妻も同じで先週は体調が悪くひな人形巡りに参加できなかったが、今日は大いに興味を持って精力的に見回っていた。そこで今のところの結論から言うと『これは良い』と言えるお雛さんは親王飾りでだいたい20万以上はするということだ。妻は5人飾りを希望しているから30万ほどになってしまうことになる。ただし、それだけのものを本当に望むか?となればそれは話は別で頭を悩ますところなり。親にしてみれば娘に良いものを持たせてやりたいという思いもあり、それならば自分達が納得いくものを選ぶべきであると心の声は囁くが、その額となるとちょっと・・ううむ悩ましい。
そんなひな人形熱は冷めやらず、また今週末にでも・・なんて言っていると桃の節句がどんどん近づいて来る一方で時間が無い。なので明日仕事を休みひな人形に集中することに今決めた。長女が幼稚園に行っている間ならゆっくり見ることも出来るだろう。一生ものを買うのだからそれくらい時間をかけてあげたいな。