2007-08-15

異邦にて


あれは今と同じような蒸し暑い夏のことだった。僕はマレーシアから船でインドネシア・スマトラ島に渡り北部を旅していた。他の旅行者から離島が面白いと聞き、半日程船に揺られて島に着くともう日も傾き薄暗くなっていた。食事をせねばと小さな町をうろついていると、見知らぬ老婆が突然僕の手を握り涙を流しながら日本人の名を呼び始めた。聞くと老婆が少女の頃この島に駐留していた日本人に『賢い子だ』とよく褒められ、可愛がられていたそうだ。それが今は身寄りも無く一人ぼっちで寂しくてたまらないのだと言う。あの頃が懐かしいと軍歌まで歌い始めた。
戦争は確かに終わった。しかし人々の心の中では戦争は終わること無く今も続いているのだ。海岸線にある破壊された旧日本軍のトーチカに入り、銃眼から遠く水平線を眺めた。60年以上も前、今の僕よりも若かったであろう兵士たちは、毎日この水平線を何を思い見つめていたのだろう。さぞ帰りたかったことだろう。帰りたくても帰れなかった者、自分から帰ることを断った者達の、その無念はいかばかりだったか・・
異邦に埋もれし幾多の魂の為に同じ過ちは命をかけて掛けて繰り返えさせない。

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