2008-05-11

お囃子の中のノスタルジア


昨日今日がお祭りの日だなんてすっかり忘れていた。僕が子供の頃は14.15.16日と日が決まっていたものがいつの間にやら5月の第2週の土日と変わっていて、さらに祭りの日は母方の親戚一同が市内の祖父母の家に集まり『おごっつお』を食べながらわいわいやっていたのも、先年祖父が亡くなり祖母も高齢ゆえ一世代下げて皆が集まらなくなったため『お祭り』という実感が無くなってしまった。僕の実家も同じ市内にあるものの市中心部からも遠く、山車を持つ町内でもないので祭りだからと言って特別何をするでもなく、どちらかと言うと同じ日に重なった『母の日』の方がイベントとしての意味合いが大きいほどだ。だから今日も『祭りか〜、どうするかな・・』などと迷っていたが、僕が娘達の年頃には亡くなった祖父に手を引いてもらいながら祭りに連れて行ってもらったことを思い出し、取りあえず行ってみることに。
『八幡さん』に通ずる道の両脇には出店がびっしりと続き、もの凄い人出だ。昨日が雨だったから今日に集中したのだろうな。出店で売っているものもほぼ昔と一緒だが新顔もいろいろあって見ていて楽しい。ただ、子供の頃は金魚すくいのほかにも生き物を扱った出店(コイ釣り、ウナギ釣り、カメ売り、ザリガニ売り、ひよこ売りなど)があったものだが、今回は金魚すくいしか見かけんかったな。これも時代の流れというものか・・。八幡さんの参道はひしめき合うほどの混みようで、妻と下の子は鳥居の外に残しておいて上の子担いで突入すると、相も変わらずお化け屋敷は盛況で、呼び込み親父も威勢良く、その声に僕の意識は過去へ飛び、いま自分の肩の上にいる子が実は自分なんじゃないか・・などというおかしな感覚にとらわれてしまった。それほどこの場は過去と現在の隔たりが少なく、出店で何かを買うにしてもお金を出してあげるのが自分なんて、いまだに違和感を感じるほどだ。どうもここでは僕の中の時間軸が止まったままで、まったく成長しておらずゆえにわけの分からぬノスタルジアに浸ってしまっているようだ。とはいえ、これは僕にとって心地良いものなんだよね。

For The People Of Tibet

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