2025-08-15

終戦の日


 80回目の終戦の日に合わせ、母親が祖父のことについてのコメントを家族宛に発信していた。母曰く祖父が南方の島から生きて帰ってこなければ今の自分達は存在しなかった、とのことだがまさにその通りだ。現在はチューク諸島と言われるトラック諸島に守備隊として駐屯していた祖父は、数次に渡るアメリカ軍の猛攻撃を生き延び、アメリカ軍が上陸しなかったという幸運もあって終戦後に引き上げて来た。祖父は戦争のことをほとんど語らなかったが、駐屯中にあった良い思い出だけはたまに話してくれた覚えがある。母にさえ辛い話はしなかったらしい。その時代の人らしい頑固者だったので、自分がアメリカ人の妻を連れて初めて訪問した時は、戦争中の話を僕から聞いていた妻は相当緊張したらしい。自分も祖父がどういう反応をするか分からなかったが、怒る様なことはないなと確信していたのでその点では安心してたかな。さっき祖父のことで母と姉と3人でやりとりしてたら、アメリカ軍の空爆で飛んできた破片で負傷した痕が残っていたらしい。それは知らなかったのでちょっと驚いた。いや〜そう思うと何にも祖父のことを知らなかったな・・と今更ながら思うね。

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