2010-02-06

激震!


会社が土曜なのに緊急会議を開くと言うので、『これはいい話ではないだろな』と思い行ってみると案の定、雇用契約を更新しないと通告された。ここに至までの話もある程度は説明されたが、それだけで全容が分かるわけでもなくまだまだ不透明な部分も多いが、分かったところで会社側の方針が変更される事は無いので、それはそれとして受け止め今はいろいろなことを考えている。
もちろん会社側に対する怒りや気の抜けるような感じを当初は持ったが、なにぶん今までにこんな事は何度も経験してきているので、開き直るのも人一倍早いのだ。ただ、今の身の上は以前と違って妻と二人の娘を持ち、住宅ローンも抱えている。この先の事に不安が無いと言ったら嘘になるが、それでも何とかなるだろう、いや何とかせねばならないとの思いから気持ちをさっさと切り替えて、明日に対して嘘でもいいから元気を出して楽観的に構えている。
これから年度末に向けて、様々な事が大きく動いてゆくだろう。そうなんだ、今回問答無用に訪れたこの『変化』に、心のどこかでワクワクしている自分が居ることも確かなんだ。この大波を乗り切る自信は十分にある。むしろ目を覚ましたと言っても良いだろう。

2010-02-05

打たれてなんぼ


個人的にトヨタ車に興味はない。しかし昨今のアメリカにおけるリコール問題や、プリウスの問題に関してのメディアのらんちき騒ぎぶりには、ほんと辟易させられる。特にアメリカにおいてのトヨタ狩りとも言える執拗さを見ると、単に景気回復が遅れている事や高い失業率に対する憂さ晴らしをしているようにしか見えず、この点においてはトヨタの自業自得と思いつつ同情する余地もある。なんせアメリカ政府自体がGMやフォードの大株主なのだから、トヨタ車を叩けば叩くほど代わりにGM車やフォード車が売れるわけで、ある意味米政府の計画的犯行とも言える。ただし、トヨタの失態はそんな米政府につけ込まれる隙を作ってしまった事と、突かれた後のフォローがまったくなっていなかったことだろう。この辺りは世界企業として慢心し、謙虚さと勤勉さをないがしろにした結果だと思う。
これで分かっただろう。アメリカは決して他国を助けなどしない。彼らは常に敵を求め、そして徹底的に潰そうとする。日本はいい加減勉強し、宿り木のように取り付いて養分を奪うようなしたたかさを備えねばならない。

2010-02-04

雪の立春


朝外に出て驚いた。真っ白だったからだ。積雪量はほとんどなかったものの、この辺りまで雪が降ろうなどとは思っても見なかったので、意表を突かれたのだ。確かに西の空を見上げると真っ黒な雪雲が押し迫っており、風に乗って再び雪が降り出し始めた。
こりゃ、いかん!と雪が激しくなる前にJackieを散歩に連れて行こうとすると、なぜか小屋から出てこない。おかしいな・・と覗きにいくと、なんとJackieがロープごと姿を消しているではないか!どうやら地面に打ち付けた鉄の棒と、ロープとを繋ぐカラビナが壊れて脱走を許したようだ。すると、背後からかすかに犬のすすり哭きが聞こえ、振り向くと隣の畑にある枇杷の木の根元にJackieが引っ掛かっていた。この様子では遠くには逃げておらず、家の近くを徘徊中に絡ままってしまったようだ。
そんな逃亡犬を連れて散歩に出ると、案の定、雪が激しく降ってきた。
暦の上では今日から春だと言うのに、体感的には真冬だな。

2010-02-03

節分


小雪の舞う中、子供達と節分の豆まきを敢行する。年に一度の単なる豆まきも、娘達にとっては一大イベントのようで、今朝から既にテンション高く『Daddy、今日は早く帰ってくるの?』と、早く帰らねばならぬ状況に。そして期待通りに5時ダッシュで帰ると、娘達は『キャーッ』と奇声をあげて出迎えてくれた・・

いよいよ豆まきが始まり、交代しながら鬼に扮して『鬼はーそとっ!、福はーうちっ!』と、そこら中にじゃんじゃん豆をまき散らす。あっという間に豆をすべて撒ききって、今年の節分も終了した。娘たちも大満足だったようで、自分の歳の数だけ豆をぽりぽりかじりながら、すでに来年の話をしていたな。そんな娘たちの無邪気さが、僕の心を和ませてくれる。

2010-02-02

回復基調


熱は下がったもののまだ咳が止まらず、何か話そうとすると咳が出る、そんな具合だ。この分だとまだ当分は咳が止まらないだろう。ほんとにしつこい風邪だ。やっぱり子供からもらう風邪は特別強力なようだね。

2010-02-01

何度繰り返せばいいのやら・・


やっぱり昨日無理したのがいけなかった。夕方頃になると悪寒が激しくなり、ゾクゾクする。熱も出始め、帰宅後に体温を測ると37度8分。まあこれくらいならどうってことはないが、節分に鬼が寝込んでいたのでは格好がつかないので、大事を取って今から寝ます。
さあて、明朝は回復しとるかね?

2010-01-31

体調悪し、でも全開


ありがたい事に午後から雨という予報が外れ、なんとか一日もってくれた。おかげで畑仕事や庭仕事がずいぶんとはかどり、春に向けて着々と準備が整いつつある。
次女からもらった風邪で時折激しく咳き込みながらも、やはり土いじりは面白く久しぶりに汗をかきながらの作業となった。身体の調子が悪いのにこんな事をしておったのでは、一向に良くならんけど楽しいからまあいいか。
そうやって畑仕事に熱中していると、表の川の橋の下から大きな音が響いてきた。なんだろう?と見に行くと、そこに係留してある和船に少年二人が悪さをしているようだ。そこで『おい、お前ら何しとんのや、こっちに来い!』と呼び寄せて聞くと、中学生という。以前和船が長良川まで流されたことがあったが、それも『お前らか?』と聞くと『知りません』という。そういえばあん時は高校生ぐらいに見えたよな。『そんならええけど悪さはすんなよ』と言い残して畑に戻ってきたが、中学生を叱り飛ばしている自分が嫌におっさん臭く感じられて、妙な気分だった。中学生たちもいきなりスコップ片手に持った、黒ずくめのおっさん?に怒鳴りつけられりゃー、そらビビるわな。

2010-01-30

思わぬ事態


夕方、庭で夕食用のほうれん草を収穫していると、妻が慌てた様子で『とんでもない事をしてしまった!』と言う。また何が始まったのか?とよく聞いてみると、なんと!iMacのCDスロットに間違えてSDカードを挿入してしまったと言うじゃんか!そりゃー確かにとんでもない事をしでかしたもんだ。
新iMacはCDスロットのすぐ下にSDカードの差し込み口が配置されている、しかしだフツー間違えるか?そんなもん。文句を言っとったってSDカードが挿入されてしまった以上、何とかせねばならない。iMacのCDはスロットローディング方式で、Win機のようにガーッとトレイが出てくるタイプではなく、何かが入り込むと取り出すのが非常に難しい。そこでiMacをばらそうと試みたが、新型は旧型と違って本体を開ける事が困難で、かなりのリスクが伴う事が分かった。途方に暮れてAppleに修理に出そうかとも考えたが、相当な額をとられる事だろう。なので試しに本体を持ち上げて振ってみると、カラカラとSDカードが動く音がする。ならばとさらに強く振ってみたところ、天の助けかSDカードの一部がほんの少しだけ外に見えてきたやんか。何が何でも取り逃がすまいぞ!と慎重に棒を操り、なんとか取り出す事に成功した。ふーっと一安心。まだまだ運には見放されてないようだ。
それにしても思わぬことが起きるもんだね。ま、解決してよかったけど・・

2010-01-29

山上の講義


天気予報ではもうちょっと晴れると思っていたのに、昼になっても雲が西からどんどん流れ込み時折時雨れる荒れ模様。当然そんなときは風も強く、冷たく身にしみる。
先日から行ってきた樹木調査も、なんとか今日中に終えることが出来て一安心。結局800本を超える樹木を調べ、番号付けを行った。その樹種選定に協力してくれたのが、昨年もお世話になったOさんだ。彼と一緒に回っていると様々なことを教えてくれるので、興味深く勉強になる。今回の調査で何種類かの樹木についてその特徴を覚えることが出来たので、今後は山歩きをしたときなど娘たちに『これは○○っていう木なんだよ』なんて、いいとこを見せることが出来そうだな・・とにかく800本もの木を見てきたのだから、それなりに樹種を特定できるようにはなったと思う。さらには木ばかりではなく野鳥についてもOさんから教えを受けたので、知識を深めることが出来ました。
寒い中ではあったが、こんな仕事なら勉強のつもりで楽しむことができそうだ。

2010-01-28

言うべき事は言うべし


朝8時半、とりあえず再検査を受けるためどうしたらよいか赤十字病院に電話をかけ、再検査の連絡がきた旨告げると『健診を受けた方ですね。健診科は11時からなのでまたかけ直して下さい』と言う。朝一から病院へ行こうと思っていたがそんな返答なので仕事場へ向かい、そこで11時を待って健診科へ電話すると、『再検査は一般外来扱いなので8時半に病院に来てください』と言うではないか!
そんなことなら再検査の案内にそう書いておけ!11時を過ぎてしまうと一般外来受付も終了し、結局今日は診察を受けられないではないか。現場仕事の都合上、今日が絶好のチャンスだったのに・・。どうにも納得がいかないので再び病院に電話をし、事の経緯を話して厳重に抗議すると、『ちょっとお待ち下さい』と、しばらく待たされた後、なんとか診てくれることになった。
急いで病院に駆けつけると、健診科の看護師が『ご迷惑をおかけしました』と何度も頭を下げながら僕に付き添い、こちらが恐縮するほど丁寧な対応で診察を含め案内をしてくれた。診察とは言ってもただ下剤の処方を受けるだけで、とどのつまりは大腸を内視鏡で検査するための予約を取り、2リットルもの大量の下剤をいかに飲み干すかを指南された程度で今日のすったもんだは終了した。付き添ってくれた健診科の看護師にはお礼を言いつつも、改善すべき点を指摘し、彼女もそれをメモっていたので今後今日のような馬鹿げた問題が解消されることと期待して病院を後にした。
内視鏡検査まではしばらく待たされるが、せいぜい楽しみにして待つさね。

2010-01-27

結果


先日の健診結果が送られてきた。封を切るとまず再健診の案内が入っていたので、これで詳しい結果を見ずとも何かで引っ掛かったのが分かってしまった。そして内容を見ると2回分の便サンプルの内、2回目の検体から血液が検出されたようで、消化器官の精密検査を強くお勧めすると書いてあった。そんな内容で引っ掛かるのは始めてだし、サンプルの2回目だけで検出されたというのもなんか怪しい気がする。おそらくは何かの間違いなのだろうが不安も残るので再検査を受けることにして、明日病院に電話してみるつもりだ。
僕が検診を受けた赤十字病院では、2年前の健診のときも『肺に影がある』とのことで再検査を受け、何ともなかった経緯がある。他の健診施設で受けた場合はここ数年すべて異常なしの好成績だったゆえ、なんで赤十字の場合のみ異常と診断されるのか不可解な面がある一方で、むしろ赤十字の方がちゃんと検査してるがゆえに、ちょっとしたことでも見逃さずに指摘してくれているのかもしれない。
まあ、とにかく再検査の結果待ち。しばらく辛抱しなくては・・

2010-01-26

寒風吹きすさぶ斜面より


今日は一日天気が良いとの予報見て油断したのがいけなかった。なるほど朝からすっきりとよく晴れ、いかにも穏やかなスタートだ。この分だと気温もある程度まで上がり、快適なコンディションで仕事ができると思っていたら、午後にかけてだんだん西風が強くなってきた。それもその風のなんと冷たきことよ!樹木から樹木へと移動し、データを取る作業は動き詰めではあるものの身体を温めるに及ばず、風が強く当たる斜面にいるとみるみる体温を奪われてガタガタ震えてくる。ペンを持つ手もかじかんで字がうまく書けない有様だ。冷たき風は夕方にかけてますます強く吹き付け、太陽が傾くのと比例して気温もどんどん下がってくる。『寒い!寒い!』と言いながらもなんとか一日目の成果だけは出すことができた。
明日は今日より気温が上がるというが、要は風の案配だ。今日の教訓を元に明日は防寒装備を増やして作業にあたるとしよう。

2010-01-25

山に入りて


久しぶりに山に入りて雑木をかき分け、明日の作業のための下準備をする。斜面をひたすら登ったり下りたりと、ひと月ほど内業に専念していた身にはちとハードな内容だったが、逆を言えばそれだけ身体がなまっているという証拠。やはり毎日現場に出てもりもり働く方が、疲れはするが自分の性分に合っていると思う。寒い時雨模様の天気だったけれど、山の上ということもあり景色はよく、仕事をしていてもとても気持ちが楽になるところだ。
明日あさってはずっと森の中での作業となる。でもこの季節、虫もいないし暑くもない。仕事をやる上では良いコンディションに恵まれそうだ。

2010-01-24

拡張


週末にすっきり晴れたのは久しぶり。風もなく日差しも暖かで実に心地よい。こんな日はひなたぼっこをして、だらだらと一日を過ごすのもいいが、そろそろ春ジャガの植え付けに向け準備を始めねばならない。なんたっていつ先日のような寒波に襲われるかも分からず、雪でも積もろうものならしばらくは畑を耕すこともできず、為に植え付けの時期を逃してしまう可能性もあるからだ。
ジャガイモを植え付けるスペースは隣の空き地を開墾して作ることとし、さっそく鍬をふるうが雑草の根がびっしりと生えていてなかなか手強い。そこで道具を剣先スコップに換えて掘り起こしてゆく。ひと通り起こし終わったところで苦土石灰を十分に撒いてさらに土に鋤込んでゆく。この空き地の土は思ったより酸性が強いようで、昨年末に植えたタマネギの苗は石灰の散布が足りず土壌の中和が不十分で多くが枯れてしまった。その失敗をもとに今回は慎重に土作りから始めて行こうと思っている。
午後には目的の面積を耕し終わり、苦土石灰の鋤込みも完了した。これで後は有機堆肥を施肥していよいよ植え付けが始まる。
約一月ぶりの畑仕事はなかなかハードだったが、お天気もよく心身ともにリフレッシュすることができた。

2010-01-23

準備開始


朝起きたときの眩しい日差しはどこへやら、すぐに曇ってきて小雨が降り出した。そのまま一日中時雨れ模様の冷たい日となり、身体も萎縮して外にいた時間はわずかだった。それでもほうれん草の収穫が終わった畑の一部に石灰を撒いて、軽く耕すだけのことはしておいた。いつも行くファーマーズマーケットでは早くも春じゃがの種芋が売られていて、今回キタアカリとメークインをそれぞれ1kgずつ購入し、ジャガイモ作りに初挑戦することにした。そのための準備をもう始めなければならず、とにかく土作りから手を付け始めたというわけだ。
明日は晴れる予報だがどうだろう?
お天気がよければ約一月ぶりに本格的な畑仕事に取り組む予定。そして夕方にはプレマシーを車検に出し、そのあと実家で姪っ子のBirthday partyと、実に忙しい週末だ。

2010-01-22

友より


半年ほど南アフリカに滞在し、年末に帰国していた友人がいつもと変わらぬ元気な声で電話をかけてきてくれた。なんでも自分で撮影し、書き溜めてきたルポルタージュを紹介する書類を作成中で、『どうもwordの使い方がよくわからん!』との相談だ。そうは言っても僕自体wordに詳しい訳でもなく、ましてや電話では説明するのが難しい。そんなこんなを話していると、彼のルポをどうやって出版社に売り込むか?という話になり、彼曰く出国前と帰国後では出版業界の反応がガラリと変わってしまって苦労しているらしい。原稿料も下落の一途で、多くの出版社が廃業に追い込まれている現状は、製造業などの他業種と変わりがない。今回彼がまとめたルポのような、ちょっと重めの記事になるとさらに掲載の窓は狭められ、厳しさは増す一方だ。それでも彼はピンチはチャンスだと言い切り、生き残ってやると言う。
そうさ、君ならできるよ。

久しぶりの友との会話は楽しいものだった。3月頃にバーベQでもやろまいか、ということでチェンラ組が再結集する予定も立てれそうだ。彼の旅行秘話はそのチェンラ会にて披露してもらうとしよう。

2010-01-21

零下の試練


この夏に種から育てたアボガドとマンゴーが、まだ枯れずになんとか生き延びている。もちろん苗をそのまま裸で外に出しておいたのでは、この寒さですぐに枯れてしまう。とはいえ家の中に入れるわけでもなく、簡易式のビニールハウスに入れて外に置いてあるだけなのだ。もしそれで枯れてしまったとしても、この地では到底越冬できない植物なのだから致し方がない。
この冬の序盤は暖冬を思わせる暖かさで、アボガドもマンゴーも青々とした葉を広げ余裕の様子を見せていた。しかし、年末からの寒波と先週の厳しい冷え込みにより、とうとう葉が焼け茶色く変色してきた。今後また厳しい寒波に襲われたら確実に枯れてしまうだろうな・・。45cmほどの大きさまで育った苗をみすみす死なせてしまうのは心もとないものの、そのまま家の中に囲って生きながらえさせても、この地ではどのみち大地に根を張り大きく育つことはできないだろう。ならば厳しく外に晒して、植物自身の生命力に賭ける方が良いように思う。
さて、この南国の植物は越冬できるだろうか?できることを願っている。
ちなみに、アボガドは2回越冬し、2m近くまで成長したものもあったが、残念ながらこの夏に枯れてしまったのだ。

2010-01-20

なにを学ぶや?


打ち合わせやら、期限の迫ったデータの仕上げやらで会社を出たのは21時。ほとんど残業をしない僕にとってはどえらいことだが、一般的にはフツーのことなんだろう。
雨がぽつぽつと降り始め、乾いた路面が色気を取り戻す頃いつも通る交差点に差し掛かると、21時だというのに塾にはまだ煌々と明かりがともり、中学生くらいと思われる生徒で教室はいっぱいだった。『なにをこんな時間まで・・』と思ったが、そうかもうすぐ公立の受験だな・・と気がつくも違和感は拭えない。僕は塾に行ったことが無い。行こうと思ったことも無い。行くのが当たり前の昨今ではこんなことを言う方がおかしいのかもしれないが、いったいぜんたい何を学んでいるんだい?
確かに塾で勉強する方が誘惑も少ないし、皆が一様に勉強している以上、集中力も増すだろう。でも外から見ていると勉強はできるようになっても、その代わりに何か大切なものを失っているような気がしてならない。多感な時代を詰め込むだけの勉強に費やして、そして皆大人になって行く。そう、薄っぺらな大人に・・
世間は正解を求める大人たちであふれ、正解がないことに絶望する。

2010-01-19

健診日


今日はやっとこさの健康診断の日。朝から赤十字病院の健診コーナーで様々なテストを試み、クリアしてゆく。ここで健診を受けたのは2年前。そのときは胸部X線写真に影が写り、左肺腫脹の恐れありと診断され、不安な気持ちで再検査を受けたものの幸いにして異常なしという結果だった。そんな前例もあったため幾分緊張して検査を受けたが、当然その日のうちに結果が分かるはずも無く、2〜3週間後まで待たねばならない。今回もすべての行程が実にスムースに進み、2時間ほどで全検査が終了した。一緒に健診に参加した妻は、婦人科健診に時間を取られて約3時間ほど。初めて受けたマンモグラフィーでは乳房をぺちゃんこにつぶされて、やっぱり痛かったそうな。二人ともバリウムを飲みそれがまだ出ていないので、何やら腹に違和感を感じている。もちろん下剤も飲んだが、効き目はどうも弱いようだな。
ま、とにかくあとは結果待ち。すべて異常無しだといいんだがね・・・

2010-01-18

信号大国


いつも通る馴染みの道、そこに一本の信号機が立てられていた。今朝通ったときは無かったので日中に工事が行われたのだろう。しかしだ、なんでこんな田んぼの中の交差点に信号機がいるんかい?確かに時間帯によっては交通量が増すものの、信号機を取り付けるほどではないはずだ。おそらく一旦停止がらみの事故が起き、そこで信号機を・・という展開なのだろうが、その交差点が通学路になっているわけでもなく、田んぼの中の交差点ゆえ生活圏からは離れている。なのに信号機かいな。同じような状況で通勤経路にいくつ信号が設置されたことだろう?どうも設置そのものが実に安易に行われているようでならない。しかも設置された信号のタイミングをちゃんと警察は調整しとるんやろか?どう考えてもやっとらんな。
なんでもエコエコと叫ばれるご時世に必要の無い信号をやたらと増やして、しかもそれぞれのタイミングを調整せず車のアイドリングを助長し、交通渋滞を引き起こすような行為は、明らかに時代に逆行している。人や車の流れを遮らないようにしつつ、いかに信号機を減らすかが腕の見せ所と僕は思うのだが、警察諸君は、そんなことに興味がないのだろうね。

2010-01-17

転身


医者である妻の友人がハイチに着いたという。なんと言う町かは忘れたが、彼女が現場の状況を見てまず思ったことは、『死者10万人に及ぶ恐れ』という報道はあながち誇張ではなく、実際にそうなる恐れが強いということだった。その文面からもハイチの悲惨な状況が伝わってくる。
妻によると大学時代の彼女と今の彼女は全く別人のようだと言う。昔の彼女は実におとなしく、常々ユダヤ系の母親からは『早くいい人を見つけて(つかまえて)結婚しなさい!』と圧力をかけられていたらしい。その母親の言う『いい人』とはつまり医者や弁護士などのお金持ちのことで、『ただ勉強をさせるためにそんなお金のかかる大学へ行かせているんじゃない!』とまで言われていたそうだ。そういうことがあったからか、彼女は一番お金の儲かる美容外科医になったわけだが、まだ結婚もしておらず今回の大災害を受けて、単身で被災地に乗り込み医療活動に当たっている。そんな彼女を僕はとても魅力的な人だと感じ、ぜひ会ってみたいとも思う。妻もFace bookでやり取りはしているが、何年も会っていないそうだ。
最も困難な場所に飛び込む勇気ある彼女を、いま母親はなんと思っているだろうね。

2010-01-16

あらゆるものが凍り付きて候


夜中に雨が降り、朝方に厳しく冷え込んだせいで道路はほぼ全面凍結し、すぐ近くにある県道の橋もガンガンに凍り付いているようだ。行き交う車は減速してゆるゆるとやり過ごしているが、油断した車だろうか?中央分離帯に亀のように乗り上げて、にっちもさっちも行かなくなっているものや、どうしてこんな所にこんな向きでぶつかったのか?全く不思議なぶつかり様を見せて大破している軽など、こんな橋一本の上でも朝から様々な人間模様が展開されている。
その同じ道を慎重に走ってプレマシーのタイヤ交換に向かう。タイヤ交換と言ってもスタッドレスにするのではない。この時期なのに新しい夏タイヤに換えるのだ。それも車検を通すため致し方のないこと。タイヤはファルケンの安いやつにして、交換費用すべて込みで4万円を切る値段でなんとか押さえることができた。もともと履いていたタイヤの寿命は3万2千キロ程度で、外したタイヤをチェックしてみると溝はほとんどすり減り、おまけに激しい片減りを起こしていた。もっとマメにローテーションしていれば防げただろう。
とにかくこれで車検に向け準備が整った。あとはいくらかかるかだ・・それが一番の問題だがね。

2010-01-15

薄氷


そうか、カリブ海の小さな島国で何万人が死のうが、我が国のトップニュースは小沢君の政治資金問題なのだね・・ほんと愛想が尽きますな。来たる17日は阪神・淡路大震災の15周年だというのにね。
それにしてもハイチの状況は無惨だ。日本は遠く離れているためかどうも対応に鈍さを感じるが、一方のアメリカでは支援に向けてかなり活発なやり取りが為され、ネット上でも義援金募集のサイトが乱立しているらしい。妻の友人の一人は整形外科医をしているが、ハイチでフランス語を話せる医者を望む声が高いのを受けてハイチへ行くようなことを言っていた。事実上無政府状態の最貧国がこの先どうなるのか、誰にも分からぬだろう。
現地では30℃を超える気温ゆえ遺体は腐乱し、衛生状態も極度に悪化していると言う。大きな災害に直面した地では必ず報道されるこの内容も、日本とは決して無縁ではないはずだ。いくら危機意識が強いといえども、いざ直下型の断層が数メートルも動くような巨大地震に見舞われたら、ひとたまりもないだろう。それがいつ来てもおかしくない。そんな崖っぷちの状況にいることを普段は忘れて生活しているが、こんなことがあると戦慄とともに気づかせてくれる。

2010-01-14

多くの命散りて


ハイチの地震被害は惨憺たるものらしい。もともとハイチはカリブ諸国の中でも貧困国とされ、政情も長年に渡って不安定な状態だった。それが改善していきそうな矢先の今回の災害だ。当然建物の耐震補強など考えもよらず、今回の大地震では為す術無くその多くが倒壊した。
先のインドネシアや中国の大地震のときもそうだったが、改めて明日は我が身と思い慄然とする。
ああ、恐ろしき哉、恐ろしき哉。

数万ともいわれる名も亡き死者に、ただ、ただ黙祷す。

2010-01-13

移行


旧iMacから新iMacへとデータの移行を敢行する。用いるはFire wire也。晩ご飯を食べて一服してから何も考えずに実行すると、なんとデータの完全移行に5時間もかかるとのメッセージが!そりゃ今まで溜めに溜めたデータを一気に動かすのだから、当然それなりの時間はかかる。しかし旧iMacがターゲットモードに入っている以上ブログの更新はできず、ひとまず寝ちまうことにした。起きてから画面を見ると、そりゃまあ見事に旧iMacのクローンが誕生していたわさ。
データ移行の簡単さや使い勝手のよさは、さすがMacと感動するよ。新AirMac Expressの設定も完了し、ネットへのアクセスも格段に早くなった。ここまで煩雑な作業は何一つなく実にスムースに事が運んでゆく。この辺りの快適さが一番重要なことなのさ。

2010-01-12

イラレ三昧


文字通り朝から晩までイラストレーターな日々が続く。締め切りが間近ゆえの駆け込み作業で、我が身には珍しく残業までして貢献しているのだ。とは言っても集中力が8時間以上ぶっ通しで続くわけもなく、夕方頃になってぷっつりと切れてしまう時もあるし、やにわに叫び出したくなる時もある。家に帰っても娘達と戯れる時間もほんの僅かで、妻や娘達に対して罪悪感を感じながらの残業仕事だ。やらなくてもいい残業はしない、やらねばならぬ残業も極力しないで帰っちまうがモットーの僕にとっては、残業で得られるお金なんかより残業によって失われる時間の方がなんとも惜しい。
今週いっぱいは残念ながら早く帰れそうにはないな・・でも木曜は雪だと言うし、予報通りに降ったら出社せずに家で作業することにしよう。雪道で時間をつぶすなんてまっぴらごめんだね。

2010-01-11

新iMac


ということで近所のヤマダで買いました。ポイント換算の割引だけど実質9万6千円ほどで購入。スペックを考えるとMacもずいぶんと安くなったものだ。今使っているiMacなんて倍額くらいだったからな・・この調子でどんどん安くなってゆくんやろか?
さて、その新iMacもfirewire800を持っていないのでまだデータの移行もしておらず、そのまま置いてあるだけの状態。ただ、AirMac Expressの新型もアップルストアで注文し、さらにはタイムマシーン用の1テラHDDもすぐに注文する予定。これで新型導入による環境もほぼ整うことになる。それにしても新iMacは驚きだ。デザインの無駄のなさもさることながら、マシンから出ているケーブルと言えば本体背面にある電源ケーブル1本のみ。その他は何も無い。マジックマウスのクールさも使い始めたらやめられないだろう。僕は熱烈な林檎派というわけではないが、このマシンは所有欲を満たし、何より使う喜びを与えてくれる。そう、我が愛車ロードスターと同じだよ。

2010-01-10

別れ


会社の大先輩の御母堂が急に他界され、今夕その通夜に参列して来た。
読み慣れぬ経をしどろもどろになりながら読み、そして祭壇にある故人の面影を見ながら思うのだ、『いつか自分もこうやって親を見送る時が来るのだ』と。当たり前のことではあっても、まだまだ先のことだろうと思い込んでいるからヘッチャラでおれるのだ。
どんなことでも時でも、別れの時はつらいもの。あの別れ際の何とも言えぬ感じはいつになっても慣れることはない。昔、波照間島に住んでいたとき、世話になっていた民宿の若大将は『俺は人を見送るのは苦手さ』と言って、港まで送ってくれるとそのまま握手だけしてさっさと行ってしまったものだ。送られる身の僕にとっては、船もまだ出航していないのになんだかあっさりし過ぎじゃない?と思ったものだが、今になると毎日毎日多くの人を見送って来た彼のその気持ちも分かる気がする。

お経を聞きながらそんなことを考えつつ、思い出しつつ、あらためて家族のこと、自分のこと、そしてこれからのことを考える良い機会となりました。

ご冥福をお祈り申し上げます。

2010-01-09

時は今、


いつものようにMacを立ち上げると、いきなりエラーメッセージが表示された。内容は『ハードディスクがいっぱいです!』とのこと。えっ!と思い調べてみると、残りわずか200MBのスペースしか無い。原因は写真のデータをMac本体のハードディスクに溜めているために、それだけでも70GB以上を占有し、さらにはiTunesの音楽データが50GB近くもあるためだ。もともと160GBの容量しか無いこのMacでは、実質のスペースが148GBと限られ、写真と音楽だけでそのうちの120GB分も使ってしまっているという異常事態だ。もちろん外付けのHDDにバックアップしてあるものの、バックアップはいくつあっても安心できないため、そのまま本体のHDDに入っているというわけ。そこで要らないデータをちゃちゃっと消して2GB程のスペースを空け、当座を凌ぐこととした。
もともとウチのMacも引退時期に来ているので、この際買い替えようとヤマダに見に行くと、ポイント割引換算で実質10万を切るお手頃価格となっていた。Macも安くなったもんだね。ということで近々購入する予定。

2010-01-08

ぬくもり


室内気温が5℃近くまで下がる寒い夜は、子供と一緒に寝ると良い。とても温かくて柔らかくて、湯たんぽよりも電気毛布なんかよりもずっとずっと温かい。普段は自分達のベットに寝かされる子供達も、寒波がやって来ると『寒いだろうから・・』という理由でいっしょの布団で寝ることを許される。しかしベッドの方が寒くないんだよね。ほんとのところ僕達が寒いからいっしょに寝てもらってるのさ。とくに長女は小さな発熱体で、とてつもなく温かい。なのでいつも妻と長女の奪い合いになるが、長女はよくわきまえていて中立を保つため常に真ん中に寝て、そして次女は妻のアウトサイドを固めるといった案配だ。
子供達のぬくもりを感じながら、味わいながら寝ることの幸せさよ。ときには蹴飛ばされ、夜に何度も起こされたりもするが、このぬくもりほど代え難いものは無い。

2010-01-07

知らせ


家に帰ると、妻の元気が無い。こんなときは何か悪いニュースがあった時だから『どうしたん?』と聞いてみると、『こっちへ来て』と子供達のいない部屋に連れて行かれ、そして妻がいきなり泣き始めた。『何があったん?』とあらためて聞くと、妻の父親(ニック)に前立腺ガンが見つかったと言う。今日はニックの70歳の誕生日で、そのお祝いの電話をしたところ告白されたらしい。昨年末にたまたま検査したところ見つかったということで、詳細はまだ分からない。妻にしてみればいきなりガンと聞かされ、ショックで一日中動揺していたらしい。母親に話したくても(※妻の両親は離婚している)南極海を航行中で連絡が取れず、誰とも話す相手がなくて増々心細くなってしまったようだ。すぐに駆け付けれる距離ならばいざ知らず、東海岸コネチカット州までは遥かに遠い。そんな時は妻が不憫でならない。
それでも同じコネチカット州に住む看護師の幼なじみから電話があり、前立腺ガンはガンの中でも進行が遅い方であることや、その他様々なアドバイスを受け、さらには自分でもネットで前立腺ガンについて詳しく調べた結果だいぶ落ち着きを取り戻し、『まあ、とにかく経過を見守ろう』ということになった。
この先どんな展開を見せるか分からないが、ガンが早期発見であり手術後に再発しないことを切に願う。

2010-01-06

日々


37になった。

こう数字で書くと『おい、もうそんな歳かい!』と自分で驚くが、普段の生活に於いてはまったく関係のないことだ。ただ数字の積み重ね、そんな感じ。
日々の子供たちの成長振りを見ていると、同じく1年歳をとる我が身との違いに愕然とする。それはごく当たり前のことなのだけど、娘達はどんどん成長してゆくのに一向に成長しない自分がそこには居て、それが焦りを生み、諦めかけ、開き直って今日に至っているというありさまだ。

子供たちの成長には迷いが無い。ぐんぐんとただひたすら一点を目指して突き進むその成長力が頼もしくてならない。いっぽう迷い続けている大人たちはどうだ?自分はどうだ?未だに明確な方向性も分からずに、まるでその日に吹く風まかせの航海の様。もちろん信念はあるさ。でも我が身を投げ打つようなそんな対象が見つからないんだ。どこかにあるはずだ・・どこだ?と辺りを見回しても、島影ひとつ見えやしない。そうして日々が過ぎてゆく。
ただね、この船は迷いに迷っているが停滞することなく絶えず動き回り、様々なものを見ているんだ。いつか出会う日が来ると信じながら・・

2010-01-05

吉兆?


年末のことだった。いつものようにJackieを散歩しながら近所の堤防を歩いていてふと川原の叢を見ると、草の陰に何かがある。はじめはゴミだろうと思いそのまま通り過ぎかけたが、『ん!』と後ずさりしてよく見てみると、なんと七福神が乗った宝船ではないか!
なぜここにこんな物があるのか不思議ではあるが、状況からすると人が降りれぬ場所にあることや、投げ捨てた感じでもないことからおそらく、上流から川の流れに乗って『どんぶらこ』と流れて来たのだろう。ううむ、それにしても暗示的だ。宝船が流れて来るなんて・・
その材質がなんであるかは分からない。見た目では木製に見えるが、そう見せかけたプラスチック製かも知れない。でもそんなことはどうでもよい。
七福神が乗った宝船が、年の瀬に何処からともなく流れて来て、そして新年を迎えた今もそこに留まっていること。そしてそれを自分が見つけたこと。この事実をどう理解すればいいのか?
これは吉兆なのだろうか?
いや、そうに違いない。ということで、今年も良い年になりそうだわい。

2010-01-04

寒気再び


長かったようで短かった正月休みもついに終わり。今日は午後から陽も差し幾分暖かかったが、大晦日から昨日まではずっと寒い日が続き、近年の暖かい正月に慣れた身にはなかなか厳しい冷え込みだった。明日からは再び天気は下り坂になり、強い寒気も南下すると言う。この辺りの寒さのピークは木曜ということで、予報では雪マークが付いている。今冬に入ってこれまで2回、予報通りに雪が降っているため今度の寒気でも積もる恐れ大だな。休み中の雪は結構だが、会社に行かねばならん時の雪ほど厄介なモノはない。と言ってもスタッドレスを履いてまで出社する意志もなく、ある程度積もったらさっさと有給取るつもり。そうしたら子供達とも雪遊び出来るからね。

2010-01-03

雪降ってこそ


ええかげんすっきり晴れてくれると思いきや、時折陽が差すだけで曇りがちの空模様。気温も大して上がらず寒い一日に。洗濯物は外に出しておいても冷えるだけで乾かず、先日の雪もまだずいぶん融け残っている。そんな中でも娘達とちょっとした雪遊びなどをして賑やかに過ごす。
遊びの合間に庭の様子を見て回ると、結構積雪の被害が出ているのが分かった。多くの野菜類はぺちゃんこに潰され、いまだ雪の下のものも多い。ブルーベリーやみかんの枝は雪の重みに耐えきれずに折れてしまっていた。とくに青島みかんの枝は太い枝が裂け折れていたため、かなりの痛手だ。今年は結実するかも?と期待いていたが、これでダメになったかも知れない。やはり寒さに対してはあまり強くないようだ。その他にもいろいろ影響を受けてはいるが、これも自然の摂理。雪が降ってこその何ものかもあるはずだ。むしろそちらの方を期待していたい。

2010-01-02

べた雪の朝


今日も懲りずに朝早くから雪遊びを敢行する。
湿り気を増した雪はベタベタとして融け易く、ソリ滑りや雪だるま作りには適さない雪になっていた。それでも雪の量はまだたっぷりとあり、濡れることを気にしなければまだまだ楽しめる世界が広がっている。不思議なのは近所にも娘達と同世代の子供達が何人もいるというのに、一向に外で遊ぶ姿を見ないことだ。家に籠ってTVを見たり、ゲームをしているのかも知れないが、せっかく雪が積もったというのにもったいない話だな。この傾向は近所だけでなく全般的に言えることで、子供達が外で遊ぶ姿さえこの2日間ではほとんど見ることが出来なかった。時代の流れとは言え寂しい限りなり。

さあ、外に出て大いに遊ぼうじゃないか!

2010-01-01

雪の元旦


大晦日からの降雪は一向に治まる気配を見せず、朝になっても強烈な西風に乗ってほぼ真横に吹き付けられている。そんな寒い元旦の朝なのに娘達は6時前に目を覚まし、さっそく階下へ下りて外を見たいという。ごくフツーの朝食を摂った後はさっそく外へ出て大いにはしゃぎまくる。雪は吹雪のような状態で激しく吹き付けかなり厳しい寒さなのに、娘達はよほどそれがうれしいのか『キャーッ!』と半狂乱のようになって転げ回っている。昨日に引き続きソリを持ち出して何度も何度も堤防を滑り降りて、まあ楽しいのなんのって!積雪量も十分だから実によく滑り楽しさ倍増だ。
そうこうするうちに実家へ行く時間となりお遊び終了。道路にはまだたっぷりと雪が残っていたが、主な県道国道はノーマルタイヤでも大丈夫だった。それでもスリップサインが出かけたつるつるタイヤで裏道に入ると、途端に滑り出して心はラリー気分でこれも楽しい。
久しぶりに集まった皆で顔を合わせ、お雑煮を食べて一服するとまたぞろドカ雪の庭に飛び出して雪だるま作りを始め、これまたひとしきり雪の中で遊びまくる。
いやー、これほど雪の中で遊んだのは久しぶりだ。一生懸命遊んでいると寒さも感ぜず、気がついたときにはずぶ濡れになっている。天気予報では明日は雪がやみそうだが、積雪はそのままごっそりと残っているだろう。今日も妻と娘達は20時には寝てしまったので、明日も早起きせねばならない。そしてまたソリ遊びをせがまれるだろう。よっしゃ、大いに滑ってやるぞ!

2009-12-31

みそか雪


午後から雪が降り出し、瞬く間に辺りの色を奪い緊張感のある風景が広がってゆく。
シアトルでは雨ばかりで雪遊びが出来なかった娘達は、雪が降り出すと大喜びで跳ね回り外で遊びたいと言う。ならばソリを買いに行こう!と急ぎ長女を連れてソリを調達し、16時頃から表の堤防に出てソリ滑りを敢行する。まだ雪は数cmしかないものの草もびっしり生えているためによく滑る。堤防上から河川敷まで一気に滑り降りるのは結構スピードも出て楽しい。次女にはまだちょっと怖いようだが、長女は奇声を発して雪まみれになりながら楽しくって仕方がない様子。そのうち雪だるま作りも始まり、折から吹雪のような中で遊んでいるために、みるみる雪の量も増えてすぐに2つの雪だるまを作ることが出来た。この雪の降り様だと朝までにはかなりの積雪量になるだろう。現在ですでに15cmは越えているので30cmに迫るかも知れない。ともかく妻と娘達は時差ぼけの関係で21時前には寝てしまった。明日は正月というのに7時には目を覚まし、そして外の光景を見てはソリ滑りをしようと僕を起こすことだろう。それもまた、味のある正月だ。

雪はいい。
すべての『色』を消し去り、そしてまっさらの状態で新しき年を迎えることが出来るのだから・・

2009-12-30

妻子帰国


妻子が無事帰国した。
心配していた乗り継ぎ便の問題も、どういうわけかシアトルからの飛行機が定刻より1時間半も早く成田に到着し、加えてセキュリティーもいつもより早く到着したために他の飛行機の乗客と被ることなく、じつにスムースに通ることが出来たそうだ。ただ、セントレアに着いてからは普段なら着陸から30分もあれば到着ゲートに姿を現すのに、今回はいくら待っても出て来ない。ようやく出て来たのは着陸から50分後だった。どうやら同じ時間帯に3機もの飛行機が到着したため荷物の運搬が滞りそれで遅れたのと、いつもはほとんど素通りだったイミグレーションであれこれ質問されたせいもあるらしい。なんでも『なぜ夫が一緒じゃないのか?』なんて聞くもんだから、ムカついて『仕事があるからしょうがないでしょ、誰もひとりでちびっ子2人連れて飛びたくなんかない!』と言ってやったそうだ。そら、そうやわな。

とにかく皆大変疲れており、今はもうお休み中。でもやっぱり我が家が一番のようで、妻も娘達も帰って来てホッとしたようだった。ありがたいね。

2009-12-29

思わぬ影響


ここ数年は大掃除らしいことをちっともして来なかったのに、この年末だけはなぜか気合いが入りそこら中を磨いている。今日はお天気もよいので窓を拭くことにして仕事に取りかかるが、これが思った以上に汚れていてサッシの桟を含め、一箇所きれいに仕上げるのに30分くらいかかってしまう。それが何箇所もあるのだから10時頃から始めて14時までぶっ通しでやってもすべてを仕上げることが出来なかった。ようは、ええ加減辟易してやめちまったのさ。その後は外に出て雑多な仕事をしているうちに日が暮れにけり。

朝、妻から連絡あり、成田からセントレアへの乗り継ぎ便にこの分だと乗れそうにないと言って来た。妻らの乗る飛行機が成田に到着してからセントレアに向け出発するまで1時間10分しかない。ただでさえギリギリだったのに、先日のテロ未遂事件の影響でセキュリティーが厳しくなって、おそらく成田でチェックのために並んでいる間に飛んでしまうだろうということだ。まったくもって迷惑千万な話。乗り遅れた場合は新幹線になると思うが、この時期のことで満員の可能性が高い。以前にも一度あったが子供二人と荷物を持っての移動による疲労は計り知れない。なんとか間に合うことを祈るが、果たしてどうなることやら・・
待つ身もつらいものだな。

2009-12-28

降格更新


免許証の更新に行って来た。
こんな年末の押し迫った最終日に更新する人なぞあまりいないだろうと、油断して出かけたら同じ考えの者ばかりが集まって駐車場に入れぬ程の混雑模様。なんとか駐車して会場に出向くとここも超満員だ。ここで早くから並んでいても結局講習開始までは待たされるだけなので、ベンチにどっかり座り列の最後尾が手続きする頃になって更新手数料を支払う。同時に交通安全協会費という名目の胡散くさ気なお金も半強制的に徴収されるが、ここでは一言『ほんとに交通安全啓発のために使われとるん?』と厳しく質問をしてやった。窓口のお姐さんはいくつかの答えを用意していて慣れたように受け答えをしたが、その内容では当然満足できるものではない。『払わないことにしよう』と決めかけたときに、再びお姐さんが『子供達に夜光タスキの配布などもしています』なんて言うもんだから落ちてしまったさ。はい、1500円也。
一般講習は1時間。毎度のことながらその内容には辟易する。定年退官したであろう元警察官が気持ち悪いほどの敬語を多用して、訳の分からぬことをさも偉そうに並べ立てている。これで何回目かは知らないがいつも一緒で何の代わり映えもせず実につまらない。こんなことが延々と繰り返されるのも公特権者ならではのことだろう。ああ、苦痛だ。
さて、新しい免許が配布されゴールドが無くなりました。これから5年間ブルーラインということさ。ちっ!

2009-12-27

小さき命の値段


今日の午後、長野県茅野市の中央自動車道下り線で5人が乗った車が横転し、祖父母が死亡・双子の孫のひとりが意識不明の重体、もうひとりが大怪我、そして運転していた母親も軽傷という悲惨な事故が起きた。
意識不明になっている子が回復するよう願いつつ、その報道において肝心なことが抜け落ちていることに違和感を感じた。それは事故当時シートベルト、特に子供達はチャイルドシートを使用していたかどうかをまったく伝えていないことだ。記事によると重体と大怪我を負った双子の姉妹はトヨタRAV4に見えるRV車の後部座席に祖母と一緒に座り、祖母が真ん中で両脇に孫たちがいたということだ。祖母が死亡していることを見るとおそらく後部中央座席でシートベルトをしておらず、事故の衝撃でフロントにはねとばされその衝撃で死亡したと推測できる。そして子供達。我が家はプレマシーの後部座席に2つのチャイルドシートを固定し、必ず子供達にもシートベルトをがっちりとしている。これは親として当然のことだ。そこから考えるにRV系車種の後部座席にもし2つのチャイルドシートを取り付けていたら、その間に大人が座ることは困難だ。プレマシーではかろうじて座れるが窮屈で長時間は無理。ということで事故車はチャイルドシートを使用していなかったと考えられる。こういった事故の報道では、特にチャイルドシート使用の有無をはっきりと伝える義務があると僕は思うのだ。チャイルドシートを使用していれば助かった命も多いはずだ。なのに使用を呼びかけているのは大人のシートベルトのことばかり。自分でシートベルトをせずに事故して死んじまおうが知ったことか、それは本人が決めたこと。しかし子供は違う。大人が守ってやらねばならぬ。なのにあまりにもチャイルドシートを使用しない親が多過ぎやしないか?そんなに子供達の命は軽いのか?それで事故をしてオマエは悔やむだけだが、子供は命を奪われたのだぞ!親が殺したも同じことだ。
アメリカではチャイルドシートを使用していないところを警察に見つかると逮捕され投獄される。ちょっとオーバー過ぎる点もあるが、考え方として育児放棄と見なされる。
日本においては少子化というのに未だに子供の命が驚くほどに軽い。それを少しずつ変えてゆくためにも、こんな事故の度にチャイルドシートしていたかどうかや、していれば助かったかも知れないなどと報道すべきだと思う。でなければおびただしい小さき命の犠牲がこれからも無惨に払われることになってしまう。

2009-12-26

掃除ロボ


そう大したことをしていないのに時間はあっという間に過ぎ、気がつけば23時を回っている。妻子も留守だし時間はたっぷりあるぞ・・なんて油断していると、何もせぬ間に陽は落ち闇に包まれる。なんだか休日の方が早く時間が過ぎるようだ。相変わらず朝起きたときは今日一日の予定を組み立て、それをすべて完遂するように心掛けるが、大抵の場合他のことに気を取られて大きく軌道からはずれ、出来ずじまいに終わってしまうことが多い。
それでも今日は気合いを入れて、先の休日から続けている床のワックス掛けを続行する。リビングは物が多いゆえあっちを塗っては物を移動し、こっちを塗ってはまた動かすの繰り返し。めんどくさいが辛抱強く続けてやっとこさできました。さて、次は窓拭きかな・・

2009-12-25

何をすべきか


何をそんなに焦るのか?何をそんなに急ぐのか?
理由もなく怒りにも似た感情をもって気持ちは高ぶるが、その求むるところを知らず、為すべきことを知らず、ただ宙をさまよい我が身を自嘲する。

2009-12-24

虐待


現場から帰宅しさっそくJackieを連れて堤防を駆け上がると、河川敷を何かが川に向かってザザザッと逃げてゆく音がする。暗闇の中にわずかに見える影からすると猫ほどの大きさだろうか。それでも猫とは違うのは4・5頭の群れであるのと、川に飛び込んで向こう岸に向けて泳ぎ始めたことだ。そこでやっと影の正体がヌートリアの群れであることが確認できた。
ヌートリアはこの河川敷周辺で営巣し、かなりの数を見ることが出来る。おとなしい動物だが川に面した近所の畑では夏を過ぎるとこのヌートリアによる食害が甚大で、ある人は防獣ネットを張り巡らしたり、トタン板で囲ったりして防御に勤めたが、いずれの策もすぐに破られ被害を食い止めることはできず、ために野菜作りを諦めて果樹園に切り替えたという。我が家の畑も昨年食害に遭い、収穫時のほうれん草が壊滅させられた経緯がある。よってこの泳ぎ逃げゆくヌートリアたちに脅しと警告を兼ねて投石をしたのだが、暗がりの中で投石したにも関わらず、あろうことかそのうちのひとつが命中してしまったようで、『グェッ!』という奇妙な叫び声と共に着水音とは違った感触のある音が返って来た。距離は30メートル以上あり、水面を見ても何ひとつはっきりと見えるものはない。直撃弾でなかったことを祈るが今の時点では何とも言えない。
別にヌートリアが憎かったわけでもないが、ちょっとしたいたずら気分でやったことでひどい虐待を加えてしまった・・。当てる気は無かったと言っても、それならばそもそも石を投げなければよかったわけで、しかも逃げている影に向かって投げている以上確信犯であることは間違いない。弁解の余地は無い。
やった後でひどく悔やんだが今更どうすることも出来ず、悔やむくらいなら始めからやらなければよかったのだ。
自分は知らねばならない。自分にはそういう残虐な面があることを・・。そしてもっと悔やまねばならない。

2009-12-23

心磨かず床磨く


いよいよクリスマスも近づき、シアトルではパーティーの準備やらプレゼントの用意やらで忙しいことだろう。一方日本に留まっている僕はと言うと、ホームセンターに買物に行っては掃除用品やら正月飾りやらを準備し、雨が降り出し外仕事が出来ないと見るや掃除機をかけ、ひたすら床を磨いてワックス掛けを行なう。
毎年妻や子らが帰国するのは30日夜となっており、必然的に家の掃除をするのは僕の仕事となってしまっている。とは言っても窓を全部磨いたり、そこら中を雑巾掛けするようなこともせず、気の向くままに適当にやっているので『年末の大掃除』というのには当てはまらないな。今回もたまたま『ワックス掛けでもしとくかな・・』と思ったからやっているまでのことで、以前いつワックスをかけたのかすら憶えていない。まあ、万事がこんな調子で、子供の頃のように本格的大掃除に動員されることもなく、なんとなく正月を迎えてしまうためちょっとメリハリがないのが寂しいところ。せめて餅でもつけば大いに晦日気分に浸れるだろうにな。
久しぶりに餅つきしたいやね。

2009-12-22

冬至に思う


冬至

今日を境に陽は再び力を取り戻し、繁栄の道へと進んでゆく。
思えばあらゆるものに浮き沈みがあり、不思議なことにその底を割りもせず、ピークを突き抜けることもない。物事は臨界点に達する前に後退し始め、何事もなかったかのように浮きつ沈みつを繰り返す。ただ、ここに人為的なもの、すなわち『欲』が加わるといともたやすく一線を越え、自ら破滅の淵へと身を投じてしまう。本来一定のリズム(波長)の中にいるはずの、おらねばならぬはずの我々は、いつの頃からかそのリズムを乱すことこそが進化だと思い込んでしまった。
いま、様々な規制をかけ、乱れを押さえ込もうと思案されている。しかしだ、とどのつまりは我々人間ひとりひとりが考え方を改めなければ、結局は何も変わらず取り違えた進化を礼賛希求し、強欲の限りを尽くして破滅への道を突き進むことになるだろう。そうならないと信じたいが・・

2009-12-21

三位一体


ようよう寒気も峠を越し、ほっと一息だな。
毎朝散歩に出ていると、その日の冷え込み具合は一歩外に出た瞬間に感じることが出来る。寒さ厳しく辺りがどんどん凍り始めるような零下の朝は、首筋や耳にじ〜んと凍み入るように痛みが走る。こんなときは手袋をしていても指先が痛むが、Jackieはへっちゃらで氷の上を歩いたり雪の中に分け入ったりと元気いっぱいだ。いくら毛が生えていると言ったって、あれしきの密度じゃとても零下の寒さに耐えられそうにないが、さすがは元野良だけあって鍛えられているのか今までぶるぶる震えることも無く、寒いだろうとせっかく小屋に入れてやった敷物を引っ張り出して外で寝ている始末。その正反対が猫で、こちらは外に出るとぶるぶる震えて戻って来るし、寒い日なんぞは寝てばかりおって動く気配すらない。まさに『ゆ〜きやこんこ』の歌の通りだ。
そんな人間様と犬様と猫様が、三位一体となってそれぞれのテリトリーを守りつつ、共有しつつ生活しているのだからおかしなものだ。お互い目と目が合っても何を考えとるのか分からず、おそらくは『ちっ!』と思っているのだろうな・・ま、ええわ。

2009-12-20

とけだるま


夜に入り再び西風が激しくなって来た。このぶんだと明日の朝は雪が降っているかも知れない。
公式発表だと昨日のこの地の積雪は20cmで、4年振りの記録だそうだ。反対に言えば4年もの間20cmを越える積雪がなかったということで、むしろその雪の少なさの方に驚く。その雪の少なさをいいことに最近やたらと増えて来た皇帝ダリアも、強風と雪の重みで真ん中からポッキリ折れてしまっていた。僕が堤防に植えた柑橘系の苗も霜に焼けて葉が茶色く変色している。これまでの暖冬によって生き延びて来た草花や野菜類も、今回の寒波でことごとくお陀仏し更新されたようだ。それでもまだ枯れずに残っているローズジャイアントの穂先には黄緑色をしたアブラムシが繁殖し、零下の冷え込みにも積雪にも耐え抜いて蠢いていた。

そこら中にまだたっぷりと雪は融け残り、明け方はその融け出した水が凍り付き極めて危険だ。せいぜい足元に注意して散歩することにしよう。

2009-12-19

特別な日


雪はいいものだ。

朝、妻からの電話で起こされ部屋の気温を見ると4℃。とても布団から出る気はせず、外の様子だけ探ると急いで布団に潜り込んでそのまま話す。子供達に雪が降ったことを伝えると『ええっ!』と言って驚き、雪で遊びたそうだった。と言うのも妻によるとシアトルはずっと雨で、外に出て遊べないらしい。ちょうど冬の日本海側と同じような天候だが、雪はあまり降らずほぼ毎日が雨という。子供達にはちょっと残念なタイミングでの降雪だったが、まあもう一度くらいは降るだろう。そのときは思いっきり遊んであげようと思う。

さて、外に出ると積雪は思ったよりあって約15cmほど。見渡す限り真っ白な風景が広がり、清浄な感じを受ける。庭に出て雪を踏みしめると『ギュッ』とよく締まる湿った雪だ。なんとなく雪玉を転がしてみると、みるみる大きくなってゆく。興に乗ってどんどん転がし、もひとつ転がして何年振りかで雪だるまを作ってみた。子供達が留守というのにひとりで雪だるまを作るなんて、なんか大人気ないが楽しかったからいいだろう。やっぱ、雪の日は台風の日と同じで、なんかワクワクする特別な日だよね。