2007-01-31
好み
上の子は本が大好きだ。
赤子の頃から妻が読み聞かせをしてきたからかもしれないが、時間があると本を読んでくれと持ってくる。英語、日本語の本を合わせるとなんと百冊ちかくもある。もちろん成長するにつれ好みも変わってくるので、手にする回数が多い本は大体30冊程度の中に絞られてくるが、その好みというのが面白い。ある本が気に入ると繰り返して読むわけではないが日に何度も読んでくれと持ってくる。それが数日続いたかと思うと突然好みが代わり、その本を手にしなくなる。そうかと思うと何ヶ月後に再びその本を手にするようになる。まったくのランダムで決まり事などいっさい無いようなのがかえって興味深い。
食べ物に関してもそうだ。それまで好物だったはずのものをある日を境に食べなくなる。始めは体調が悪いのか?などと心配したりもしたが単なる気まぐれなのだろう。よく『食べ物の好みは大人になるにつれ変わる』と聞くが、毎日劇的に成長している幼児にとっては変化のターンもその成長に合わせ驚く程短いようだ。
2007-01-30
食事
ああ、ゆっくりと食事がしたいものだ。
それにしてもなんて賑やかな食卓なんだろう。たえず、あっ!とか、わ〜!とか、ぎゃ〜、などと叫ばずにはおられない。食事を始めてから食べ終わるまで何回席を立たねばならぬことか!落ち着いて食べてくれる時はいいが、眠くなったりしてぐずりだすとさあ大変だ。泣くわ、叫ぶわ、ひっくり返すわで、助けてくれ〜!という感じ。そしてトドメの『ウンコ出た!』だ・・あまりの臭いに倒れそうになりながら食卓に戻り、残りの飯をかき込む。まったく食べたという気がしない。単に目の前のものが無くなったと言うべきかな。今は赤子も加わり更にせわしない食事時となった。子供の隙をうかがいながら飯を食わねばならぬ日々はまだ始まったばかりなのだ・・
2007-01-29
サヨナラダケガジンセイダ
2007-01-28
第三の不運?
最近は何かと用事があり、毎週末のように実家に寄っているのだが、なんと今度は親父殿が会社の車を電柱にぶつけてしまったという。聞けばいつも車を止めている所なのに近くにいた犬に気を取られ、ガツーンといってしまったらしい。幸い?にも会社の車のことゆえ、わびを入れただけで済むそうな。これで自分の分を含めて不運が三つ重なったことになり『はい、もうこれでおしまい』といきたい所だがそれはインチキか?
先日白バイに捕まった所を通りかかったら、同じ白バイさんが若い女性の軽を捕まえていた。ひとつの不運の連鎖が白バイさんを軸にして渦巻いている。人を不幸におとしめる仕事なんてとても自分には続けられないと思う。嫌な仕事をせねばならぬ白バイさんもまた不幸だな。
2007-01-27
週末
今週末は今のところ何も悪いことは起きていない。
2週連続で何年かに一度というような事件が起こると、さすがにナイーブになるものだ。もちろんどちらの事件も自分の不注意によって起きたことだとは承知している。だが、それだけでは説明がつかないこともある。その部分が怖いのだ。自分ではどうすることもできないからね。恒例の買い物も堤防を走る時は常にバックミラーを確認し、物陰から白バイが出てきたらすぐさま減速できる心構えで走ったが、もちろん白バイが出てくるわけも無く『そんなもんだな・・』と我が身の不運を嘆く始末。反面、買い物を済ましての帰り道にフロント部分を大破した衝突事故を目撃し、自分は軽微な事故で済んで運が良かったのかもしれないな・・と自身を慰めたりもした。
さてと、明日一日が無事でありますように・・ただただ祈るばかりなり。
2007-01-26
美しき哉
2007-01-25
機械的誘惑
さまざまな機械がうごめく現場で作業をしていると、それらの動きが気になって仕方がない。単純なリズムでガチャコンガチャコン、ドッカンバッタンという動作を繰り返しているだけなのだが、その仕事量は絶大なものだ。作業の工程も当然のことながら機械がこなす仕事量を元にして立てられる。だが、この時点からすでに人の持つ本来のリズムからはずれ、機械の持つサイクルの中へ人が組込まれてゆくという現象が生まれつつあるのだと思う。人が立てた計画なのに機械の性能に合わせて人が動き、振り回される。徐々に無理が人にかかるようになり、計画を立てた当の人が逆に機械に潰されてしまう・・
便利さや効率の良さだけを追い求めて突っ走っている昨今、その先には何があるのだろうか?
便利さを極めるということはいったい何を意味するのか?
2007-01-24
川の字
狭いアパートの部屋のことゆえ寝る時は文字通り皆で川の字になって寝ているが、冬ともなるとこれが暖かくてとても良い。とくに赤子は寝ている間はコタツのように発熱しているので、こちらからひっついていくほどだ。そのまま朝まで熟睡できればさぞかし頭もすっきりするのだろうがそうは子供が許さない。まずは赤子が耳元でぐずり始め、ほっておくと凄まじい大声で泣きわめく。それと連動して上の子の動きが活発化し、なんど寝相を正そうが毛布を蹴り上げ、布団から転げ落ち、あげくのはてはこちらの顔面を踏みつけながら180度回転してゆく・・
川の字などという穏やかなイメージとはまったく異なる我が家の夜中だが、ともかくちゃんと寝さえしてくれれば次の日はご機嫌でいてくれるのだ。
2007-01-23
バランス
なんとなく精神のバランスが崩れてきているような、そんな感じがする。と言っても狂ってるわけじゃない(と思うが・・)。どうも集中力に欠けるのだ。ここ最近のできごともそれと関係しているのかもしれない。まあ、毎年この時期になるとうわついた気持ちになるので、今が特別おかしいということもないのだが・・
うわつく気持ちの原因は南方にある。沖縄、特に八重山にハイカジ(南風)が吹きはじめる季節になると無性に行きたくなる。いてもたってもいられないようなそんな気持ちになる。なのに行けないとなると『俺、何やってんだろこんなとこで!』となってしまう。
二十歳のときに沖縄へ渡って以来、ずっとこんなことを繰り返してきた。すぐに行けない!という鬱憤を溜め込んでは数ヶ月後に爆発させてきた。それも親となった身ではなかなかできないことになってしまったな・・。自分にとってはこうして毎日働きに出ていることのほうが非日常のように感じてしまうのだ。おかしいかな?
2007-01-22
2007-01-21
Tax
そろそろ確定申告の時期ということで国税庁のHPに侵入し、還付金がどれくらいになるのかあれこれと試してみた。始めの試みではなんと6万3千円を追って納めよ!と出たのでこれはまずい!と逃げるようにしてHPから退散したが、そんなことは有り得ないと気を取り直して再侵入。よく見ると扶養控除を入力し忘れていた。そりゃー追加税になってしまうわな。申告書作成ページにはさまざまな種類の控除入力項目があるが、自分が書き込むところはほんの数箇所。ぎょうさん書き込めば還付金も多いんだろな・・。ひと通りの入力を終えチェックすると5千円ほど還付されると出た。まあ、少しでも戻るに越したことはない。続いて妻の申告書も作成してみると、今年度中途退社しているためか4万2千円も戻ってくる。ありがたや!と思ったが、もともと払わなくても良かった分が戻ってくるだけのことなのだ。いままで何回も確定申告をしているが概ね幾ばくかの還付金がある。ということは国はいつも余分に税金を取っていることになる。国にぼられているのだ!
確定申告をすればいくらかは取り返せるが、これを面倒くさいなどと言って怠ると大損をこくのだ。それこそ国の思う壷。さあて、もっと取り返してやる方法はないものかな?
2007-01-20
again
悪いことは続くものだ。
先週末に車で事故ったのに続いて、今週末は同じ堤防の道で白バイに捕まってしまった。子供と2人で買い物に行く途中でのこと。バックミラーに映る白バイに気がついた時は既に赤色灯が回っていた・・50Km制限のところを23Kmオーバーの73Kmで御用となった。23Kmオ−バーと言ってもそれは白バイさんが気を利かせてくれただけで、実際は80Kmは出していたと思う。一発免停は見逃してくれたわけだ。そうとはいえその堤防は見通しもよく道広く、80Kmで走るのが普通なので当然頭にくる。怒ってもなんともならないが捕まったものが皆言うであろうことを白バイさんにぶつけてやる。でも考えてみると白バイさんの仕事も嫌な仕事だなと思う。毎日毎日皆に文句を言われ恨まれる。そのことを聞いてみると白バイさん曰く『自分の同期で刑事課などにいるヤツはいい、犯人捕まえればありがとうと感謝される。でも、自分は恨まれこそすれ感謝されたことは一度もない・・』やはりストレスが溜まり円形脱毛症になってしまったという。
あれやこれや書類に捺印し最後に違反切符を切られた。反則金15000円也。先週5万円を相手の修理費に払ったばかりなのでかなりキツイ。そのうえ今まで運良くゴールド免許だったのが途絶えることに。自然と気持ちは暗くなる。一体何が悪くてこんなことが続くのか?どうしてだ?と。
そうだな、なにが悪かった?といえば周囲に対する注意を怠ったことと、ただ運が悪かったということだな。
それだけのことさ。
2007-01-19
偶然
もう7年も日本にいるのに和食がまったく作れんではいかん!と妻が突然言い出し、ネット上のコミュニティの友人から着払いにて譲ってもらうことになった。それとは別にもう一冊Amazonでいいのを見つけたからと注文したそうな。今晩Amazonのものが届き見てみるとなるほどスタンダードな日本食がずらりと載っている。分かり易くもあり良さげだなと思っていると友人からの本もその5分後くらいに届き、こりゃー良いタイミングだとさっそく開けてみる・・と、なんと同じ本やんけ!妻はそ、そんな!と愕然とし、馬鹿なことをしてしまったと自分を責め始めたが、僅か数分の間にまったく違うところからまったく同じ本が届いたことがなぜかしらん面白くて、普段なら嫌味のひとつでも言うところが大笑いしてしまった。なあに、車で事故って5万払ったことに比べりゃーかわいいもんさね。
2007-01-18
Why?
なんで壊れたん?
明日は客先へデータを持って行かなければならないというのに、その完成データを確認のため開こうとすると何やらエラーメッセージが出て開けない!どうやらファイルが壊れてしまったようだ。イラストレーターで作ったものなのだがバージョンを変えてやってみても、
Macで開いてみてもまったくダメなのだ。そのくせプレビューではちゃんと表示されている。そもそもなんで壊れたのかさっぱり分からない。変なことは何もしていないし同様に作業し、保存した他のファイルに問題はないのだ。メッセージでは不正なコマンドが使われている、てなことが書かれているがそんなもん使った憶えなぞないわさ。さらに悪いことに当然バックアップがとってあると思っていたらなんと、その壊れたデータしかないというのだ!なんてこった、これで明日までにはできなくなった。客先には正直に話し、許しを請うしかないな・・でも、なんで?
2007-01-17
驚き
失ったモノが出てきた。やったー!
そのモノとはUSBフラッシュメモリ1GBだが、データが入ったままだったのでなおさら必死になって探していたのだ。今日はたまたま仕事先からデータを持ち帰らねばならなくなり、会社のUSBメモリを借りたのだがこれが失った自分のものとまったく同じモノなのだ。
家に帰り試しにそのUSBメモリを子供に見せて『これと同じもの知らないかな?』と尋ねてみると、なにやらごにょごにょ言ってメモリが放置してあった机の方に行くではないか。机のまわりをうろうろして『ないよ、ないよ』と言う。そうか、そこに置いてあったのを憶えているんだ、すごいなと思っていると、『あったー!』と言って握りしめているのはまぎれもなく自分のUSBメモリではないか!どうやら隣の部屋の押し入れの隅に隠していたようだ。
それにしても驚いた。よもや2歳半の子にそんなことを聞いても分からんだろうと勝手に決めつけていたのだが、彼女は完璧に理解していた。隠してからおそらく4日以上は経っているがしっかりと憶えていたのだ。子供に口だけで『USBメモリ知らん?』なんて聞いていた自分の馬鹿さ加減が情けない。
USBメモリが出てきたうれしさより子供がそこまで理解してくれている、と知った喜びの方がはるかに大きい。
2007-01-16
Found
失ったモノを必死に探していたら2年前から行方不明になっていたモノが出てきた!
思わす笑ってしまうようなことだが、2年前にも今回と同じように一生懸命探したにもかかわらず分からなかったのに、今回は以外とあっさり見つけることができた。というのも猫のおかげ。何もないはずの隙間に猫が異常に執着し、手を突っ込んだりしている。始め覗いた時は何もないのにな・・で済ましたのだが、あまりにもしつこく隙間を気にしているのでライトで照らしてみると、壁との間に隙間を作っていた食器棚の下が空洞になっており、そこに猫のおもちゃが入り込んでいた。さらに奥を照らしてみると・・あったー!というわけ。他の場所からもずっと探していたモノがもう一つ出てきた。一つを失い、失っていた2つが戻ってきたことになる。ということは今回失ったモノも次に何かを失ったときに出てくるということだな・・まさに輪廻。
2007-01-15
Lost
なんで見つからないのだろう?いったいどこへ行っちまったんだ!
モノを失うことはよくあることだが、これに子供が絡んでくると厄介だ。大事なモノは子供の手の届かないところへ、というのは鉄則だがたまにうっかり忘れてしまう。そんなチャンスを子供が見逃すはずがない。案の定さっきまで置いてあったモノが消えている。どこへやった?と聞いても曖昧な返事しか返って来ない。おそらくどこかの隙間にでもねじ込んであるに違いないのだが、それがどこなのかさっぱり分からない。心当たりのところを片っ端からひっくり返すが見つからない。ほんとうに不思議だ。おそらく出てくるのは何年か後のことだろう。
自分で無くしたモノは自分の行動を振り返ることである程度どこにあるか絞れるが、子供じゃな〜。置いておいた自分の責任だ。
2007-01-14
難民鎖国
最近イラン人一家の強制収容のことがよくニュースで取り上げられているが、まったくもって我が国の政府は情けない。日本に長年住み、税金を納め、日本語しか話せない子がいるなら何故在留を許可しないのか?許可すれば不法滞在を助長するとでも思っているのだろう。難民に対するやり方も同じだ。日本がここ10年で受け入れた難民はどれくらいか?驚くことにたったの49人だ!先進国の中で最も少ないと言われているイタリアでさえ年間150人程度なのに比べ話にならない人数だ。そんな態度の日本は国際社会にどのように映るだろうか?弱き者、助けを求める者らを拒み、事なかれ主義を貫く者を誰が信用するだろうか?そんなことも気づかずに日本はアジアのリーダーだ!だの、経済大国だ!だのと息巻いている。あげくの果ては『美しい国、日本』だとよ!どこまで世間知らずなんだこの国の役人どもは。これが島国の所以か?
まずは助けを求める者らを受け入れよ!この国に住みたいという者らを受け入れよ。つまらぬ理由で頼ってくる者を返り討ちにする国ならば、そんな国は滅んでしまえ!
2007-01-13
センテンス
2007-01-12
思い込み
やってしまった!
堤防の合流点でのこと。前にいた車が行った、と勝手に思い込み後ろを確認しつつクラッチ繋いだらなんと!まだいたんだよね・・まったくの不注意だった。軽く当たったとはいえ相手は軽なのでバンパーが凹んでしまった。おそらく相手の修理費は5万近くになると思う。保険を使うべきかどうか迷うところだ。ロードスターの方はバンパーにクモの巣状のしわが入り、見た目は悪いがこれからの反省の意味もかねてそのままにしておくことに。ナンバープレートの取り付け台だけが割れて破損したのでこれは交換。6000円なり。
車の事故はこれで2回目だがどちらも相手は止まっていて、こちらからごつん!というもの。まったく情けない。あと少し注意を払っていれば回避できたはずなのに・・まあ、事故とはそうして起こるものだろう。ただただ反省。
2007-01-11
日本国旅券
Lanaのパスポートもできた。これでいつでも家族そろって国外脱出が可能となった。
しかし、赤子の5年ものパスポートで6千円は高すぎるな。すでにICチップ入りパスポートということで、受け取りのときに確認させられたのだが読み取り機の上に載せると、コンピュータ画面に本人の写真やら生年月日、パスポート番号などが表示される。へえ〜と感心しつつも、それがどうした!とも思えてくる。そんな読み取り機が置いてある国はほとんどないだろうにね。全体的なこしらえも以前のに比べもう少し欧米のパスポート寄りのデザインになった感がある。相変わらず緻密に作ってありその点は評価できるな。
今は申請から一週間で受け取れるようになり、待たされてやきもきすることも無くなった。
日本を離れてずいぶん経ってからパスポートに富士山の透かしが仕込まれていることに気がついた。ホームシックになんぞなったことはないが、そのときは無性に日本が懐かしくなってずっと透かしを眺めたり、他の国の人たちに見せびらかしたりしたものだ。自分が日本人であるとはっきり自覚したのもその頃だったな。
2007-01-10
ブログ
思っていたよりも多くの人が僕のブログを見てくれているようだ。
ブログ開設のメールを送りはしたものの、自分のブログにはカウンターが付いていないので一体どれくらいの人が見ているのかまったく分からない。もちろん誰が見ているかも分からない。2〜3人程だろうと思っていたら、年賀状で『ブログ見てるよ!』というのを何通もいただいた。ほんとうにありがたいです。今のところ毎日更新を心がけて続けてはいるが、いつまでできることやら・・まったく自信はないが自分がその日に思ったこと、考えたことがある以上はどんな拙い文章でも構わないので書き込んでいきたい。
書くこと、考えることは自分を見つめ直すことだと思う。
ブログを通して繋がっている多くの友人に感謝します。
2007-01-09
脳力
英語力ではすでに上の子に抜かれてしまったようだ。
最近になって言葉も単語ではなく文として話すようになってきている。その理解力、応用力は驚くべきものだ。日本語、英語の使い分けもまず問題なし。よくなんとか評論家や、偉ぶった言語学者などが幼児期に2言語を教えると混乱してしまうと、さも知ったかぶりに話しているがそれはあくまで大人の視点、大人の凝り固まった脳力でそうであろうと思っているだけで、実際は子供にとって人とコミュ二ケーションできるのが言語であって、日本語だの英語だのということは意味の無いことだ。とどのつまり自分の意思が通じれば何語でもいい。なので恐れること無く話し、聞き、理解する。
僕が何かを見てそれについて英語で話す。子供が同じものを見て僕が言ったことを繰り返す。だが、ただ繰り返すだけじゃない。僕の間違った文法を直して繰り返している。当然無意識にだ。ショックだった。2歳半にして抜かれてしまった・・
2007-01-08
連休
久しぶりの長期休暇も、とうとう終わってしまった。
11日間もあったのにどこへも出かけること無く、行ったといえば実家くらいなもの。休みの大半の時間を子守り、または子供に関することで費やしてしまった。子供が生まれる前はよく妻と2人で行く方角だけ決めて飛び出して行ったものだが、そんなことも遠い昔のことのようだ。映画も見に行きたくてたまらないが、とてもそんな時間はない。レンタルDVDでさえ見るチャンスなど無い。思えば最後に映画館へ行ったのはいつだったろうか?
当たり前のことだが子供が生まれた時点ですべてのことが子供を中心軸として回りだす。だが、それに抗いたくなる時もあるのさ。無駄なことだと分かっていてもね。とにかく今は溜めるものは大人しく溜め込んどいて、子供たちが大きくなったら一気に弾け飛んでやるのだ!でもいつなのかな〜
2007-01-07
暖冬
雪が激しく降った日に暖冬もないもんだが、その雪も午前中には止み午後からは雨に変わった。先ほど実家から帰って来た時も外の気温は4℃もあったので、朝方に降った雪も夜が明ければ無くなっていることだろう。降雪の多かった昨年とはえらい違いだし、例年と比べても朝に車が凍り付いている回数が格段に少ない、というかまだ2度程しか無い。寒いのが苦手で、しかもロードスターに乗っている身にとって暖かい冬は有り難いのだが、それはたまたま今冬がそうであるだけなのだろうか?ニューヨークでは20℃以上もあったそうだ。エル・ニーニョだかラ・ニーニャだか知らんが、地球温暖化が叫ばれている昨今目に見えないところですでに何かが動き始めているのかもしれない。近年の天候には不気味さというか、違和感を感じる日が多くなってきている。暖かくていいねー、なんて悠長なことを言っとれるのも今のうちだけか?そう思っていると来冬は厳寒になったりして・・
いずれにせよ我々は地球がどのような動きを見せようが、それに翻弄されながら生きぬいてゆかねばならないのだ。人類の浅はかな皮算用なぞ、自然が受け付けてくれるはずが無い。
2007-01-06
特別な日?
34歳になった。
それがどうしたと言わんばかりに子供らが泣くわ泣くわ!右腕では赤子が顔を真っ赤にして泣き叫び、左腕では上の子が鼻水と涙でべとべとになりながら喚いている。さすがに最初はイラついたがあまりの激しさに限界線を超えたのだろう、イラつきは消え笑いがこみ上げて来た。アホみたいに大笑いしてると子供らも自然と落ち着いて来て、ようよう泣き止んでくれた。不思議なものだ。始めからそうやって仕組まれていたようだ。自己防衛本能というものだろうか?ならばいつも自然に笑いがこみ上げてくれると、ストレス無く何事もうまくいくだろうに・・
朝起きてすぐに上の子が『Happy birthday daddy!』と言ってくれた時はほんとうにうれしかったな。
2007-01-05
初仕事
新年の初仕事は会社を有給使って休んで、赤ちゃんデパートの初売りセールに並ぶことだった。
いや、それにしても驚いた。僕が行ったのは開店間際だったがすでに50人ほども並んでいるのだ。それが開店と同時に店内になだれ込み、猛烈ダッシュを見せるやら大暴れするやらで大混乱。店員の『数は十分ございます〜』なんて声はかき消され、次々と空箱が投げ出されてゆく。開店前に僕の後ろに並んでいた子連れの妊婦さんも、商品の山に到達するや片っ端から買い物かごへ投げ入れてゆく、そのあまりの迫力に思わずこぼれ落ちた商品を拾って買い物かごへ入れてあげたほどだ。それにしてもなんて恐ろしい世界なんだ・・結局自分はビビって商品に取り付けずもたついていたら、人垣に斬り込んだ見知らぬおばさんが僕の狙いの商品を間違って取ってしまったと叫んでいるのを見つけ『なら、ちょうだい』とゲット!なんとか初仕事は達成されたのであった・・
2007-01-04
Step up
赤子のぐずりがひどくなってきた。
なにかステップアップをするサインなのだろうと理解していても、これに耐えるのはなかなか大変だ。赤子は泣くのが仕事と言いつつも、いったいなんで泣いているのかも分からず、こちらが寝ていようがまったくおかまいなしに泣きわめく。そんなに泣いてかわいそうに・・とあやしてみるとさらに泣く。どうしたらいいのだろう?と途方に暮れてる横で真っ赤になって泣いている。さすがにイライラが爆発し『いいかげんにしろ!』などと叫んでしまい自己嫌悪に陥る。すでに上の子で経験済みのことなのだが、まったく同じことを繰り返している。むしろ上の子の方が大変だったはずなのに『この子のぐずりはひどいなあ・・』などとこぼし、もう忘れたの!と妻に叱られる。
子供達のステップアップを云々する前にまず自分自身のステップアップが必要だな・・
2007-01-03
2007-01-02
樟
好きな木は?と聞かれたら僕は樟だな。
決して美しい木とは思わないし、欅のような繊細な上品さもない。無骨でふてぶてしい感じさえする。それなのになぜか惹かれるものがある。ずいぶん前になるが三重県の九鬼に写真を撮るため通っていたことがある。ちょうど部落裏手の山の斜面に墓地があり、その中央あたりに堂々とした樟が腕を大きく広げ鎮座していた。肌にべとつく蒸し暑さの中で大汗をかきながら見上げたものだが、その樟の『俺がここにこうしているのは当然のことだ!』と言わんばかりの存在感には圧倒され、ヤブ蚊に刺されながらしばらくの間呆けてしまっていた。その樟の生命力に満ちあふれた姿は疲れていた僕を元気づけてくれた。樟の持つそうした強靭な生命力に僕は惹かれているのだろう。